世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第21話 見極めの模擬戦、そして
訓練場に、ぴりりと雷の気配が立ちのぼる。
正面には、雷の剣を携えた長女・セリナ。
右手には、巨大な盾を構えた長男・アレク。
二人とも、完全に戦闘態勢だった。
「……手合わせというより、尋問では?」
ゼロスは思わずそう呟いていた。
だが、それでも逃げるつもりはなかった。
理由は単純だ――彼女の家族に、認めてもらうために。
構えた魔槍の刃先が、陽の光を受けて青く煌めく。
「行くよ、ゼロス!」
アレクの声とともに、空気が一変した。
まず突っ込んできたのはアレクだった。
「重っ……!」
巨大な盾が風を裂いて迫る。
まるで壁そのものが突進してくるような圧力に、ゼロスは即座に横へ跳んでかわした。
「っ、遅いようで速い……!」
「よく言われる!」
「褒めてません!」
アレクの動きは読みにくい。
見た目の重さに反して、足運びはひどく洗練されている。
しっかりと距離を詰め、逃げ場を奪うように前へ出てくる。
そこへ――後方から、セリナの雷刃が走った。
「隙があるわ」
冷たい声とともに振るわれた剣が、稲妻をまとって空を裂く。
ゼロスの肩口をかすめ、焼けるような痺れが走った。
「くっ……!」
即座に槍を旋回させ、距離を取り直す。
「アレク、押し方が少し雑よ」
「なら姉様が前に出る?」
「あなたが壁役でしょう」
「いや、姉様も十分前衛だと思うんだけど」
「何か言ったかしら?」
「いえ、何も」
兄妹の会話とは思えないほど、連携に無駄がなかった。
(なるほど……確かに手加減なしだ……!)
ゼロスは息を整え、槍を構え直す。
「どうした、ゼロス・ヴァルトール。もう終わりじゃないだろう?」
「まだ始まったばかりです」
そう返した瞬間、セリナがわずかに目を細めた。
「口だけではないと見せてちょうだい」
その言葉とともに、再び雷の気配が強まる。
アレクも盾を構え直し、じり、と地を踏みしめた。
だが、その時だった。
「え? ゼロス様、なにしてるの?」
訓練場の空気に似つかわしくない、眠たげな声が響く。
三人そろって、ぴたりと動きを止めた。
ぽてぽてと近づいてきたのは、半分寝ぼけ眼のレイリアだった。
片手にはふかふかのクッション。軽く欠伸をしながら現れたその姿はこの場にあまりにもそぐわない。
「え、なに?決闘?もしかしてゼロス様が姉様と兄様に喧嘩売ったの?やめといたほうがいいよー。強いよ、特に姉様は」
「違います、レイリア様……完全に逆です。売られているのはこっちです」
「えー……そうなの?」
レイリアは目をぱちぱちさせる。
「じゃあ姉様たち、またやってるんだ」
「また、とは」
「気に入らない人とか、ちょっと怪しい人とか、私に近づく人とかいると、たまにこうなるの」
「たまにじゃないわよね?かなりの頻度よね?」
「そうだっけ?」
「そうよ。あなたが気づいてないだけ」
レイリアはふにゃっとした声で「へぇ」と言いながら、柵にもたれかかるように座り込んだ。
「朝寝しようと思ってたのにぃ……」
「それは申し訳ないと思ってる」
そのように言いながらアレクが真顔で言う。
「でも大事な確認だから」
「兄様、そういうのを申し訳ないと思ってないって言うんだよ」
「いや、気持ちは本当に申し訳ないよ?」
「行動が伴ってないのよ」
セリナが冷静に言い切った。
そして、ゼロスへ視線を戻す。
「……本当にあの子、全然気づいていないのよね。人の気持ちにも、場の空気にも」
「そういうところが可愛いんだけれど」
「それだけに、余計に心配になる」
「兄様、それ、だいぶ重いよ」
「重くないよ。普通だよ」
「普通ではないわね」
「ないねー」
「え、そうなの?」
リヴィアとセリナに即答され、アレクは少しだけ不満そうな顔をした。
そのやり取りを見ながら、ゼロスは小さく息をつく。
「――レイリア様に本気で向き合う気がないなら、ここで引いてもらう」
アレクの声音が低くなる。
「中途半端なら許さない」
「……向き合うつもりです」
ゼロスも真っ直ぐ見返した。
「本気で」
一瞬、場の空気が静まる。
セリナが問う。
「では、聞かせて。あなたはレイリアの何を見ているの?」
ゼロスは少しだけ目を伏せ、それから静かに口を開いた。
「俺は……ぐうたらで、気まぐれで、自由気ままで」
「え、褒めてる?」
「たぶん褒めてるんじゃない?」
「続けて」
「……あの人が、羨ましいと思ったんです」
「羨ましい?」
ゼロスの言葉に対し、アレクの眉が動く。
「ええ。俺にはないものを、彼女はたくさん持っている。戦場でも、それ以外でも……」
「例えば?」
「……折れないところです」
ゼロスは少し恥ずかしそうに答えた。
「自由に見えて、何にも縛られていないようでいて、でも本当に必要なときには誰より先に立つ。あの強さも、あの在り方も……俺にはない」
アレクとセリナが、わずかに視線を交わした。
「それを、近くで見ていたいと思ってしまった……それが、始まりでした」
淡々とした言葉のひとつひとつに、確かな熱があった。
「――認めるには、まだ足りないけれど」
「……少なくとも、誠意は伝わった」
セリナとアレクはお互いに顔を見合わせ、頷いた。
そして、剣と盾が、ゆっくり下ろされる。
ゼロスは少しだけ肩の力を抜いた。
そして、何気なくレイリアへ視線を向ける。
そこには、柵にもたれたまま、半分眠そうな顔をしているレイリアの姿。
(……たぶん、聞いていないな)
そう思いながら、ゼロスは口にした。
「……っていうか、今の聞いていませんでしたよね?レイリア様」
「うーん……ちょっと聞いてた」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶんなんですか」
「なんか、褒められてた気がした」
「ざっくりしすぎでしょう……」
リヴィアが吹き出す。
「ほんと、こういうところよねぇ」
「でもまあ、レイリアらしいわ」
セリナも少しだけ呆れたように言う。
するとレイリアは、眠たげに首を傾げながら、ぽつりと続けた。
「……あ、でも」
「でも?」
「ゼロス様って、私のこと好きなんですか?」
「ふぐっ――!?」
ゼロスの顔が、一瞬で真っ赤になった。
セリナは即座に額を押さえ、アレクは無言で空を仰ぐ。
リヴィアに至っては、柵からずり落ちるほど笑っていた。
「ちょっ、レイリア、それ爆弾すぎるってば!」
「やっぱり天然でやってるのね、この子……恐ろしい末っ子だわ」
「兄としては胃が痛い」
「え? 私、なんかまずいこと言った?」
ぽかんと首を傾げるレイリアに、ゼロスは耳まで赤くしながら必死に言葉を絞り出した。
「そ……そういうことは、もう少し、タイミングというものを……!」
「えー……じゃあ、次は寝起きのときに聞くね」
「それはそれで最悪のタイミングです!」
「じゃあ昼寝の前?」
「変わりません!」
「昼寝の後?」
「だからそういう問題では……!」
「難しいねぇ」
「難しくしているのはあなたです!」
今度こそリヴィアが盛大に笑い転げた。
「だめ……っ、ゼロスさん、完全に遊ばれてる……!」
「レイリア、あまりからかうものじゃないわ」
セリナがたしなめる。
「でも、まあ……少し分からなくもないけれど」
「姉様も分かるんだ……」
「反応が面白いもの」
「姉様まで……!」
アレクはそんな二人を見て、深いため息をついた。
「……レイリア」
「なに、兄様」
「相手が本当に困ってる顔をしたら、その辺でやめなさい」
「えー」
「えー、じゃない」
「はーい」
返事だけは素直だった。
だが、その顔にはまだ少し面白がっている気配が残っている。
ゼロスは額を押さえ、小さく息を吐いた。
(……本当に、この一族は手加減がない)
けれど、不思議と嫌ではなかった。
レイリアは眠たげな顔のまま、それでもどこか楽しそうにこちらを見ている。
その姿を見ていると、動揺も困惑も、全部まとめて抱えたままでも構わないような気がしてくる。
――ゼロスの受難の日々は、まだまだ続きそうだった。
正面には、雷の剣を携えた長女・セリナ。
右手には、巨大な盾を構えた長男・アレク。
二人とも、完全に戦闘態勢だった。
「……手合わせというより、尋問では?」
ゼロスは思わずそう呟いていた。
だが、それでも逃げるつもりはなかった。
理由は単純だ――彼女の家族に、認めてもらうために。
構えた魔槍の刃先が、陽の光を受けて青く煌めく。
「行くよ、ゼロス!」
アレクの声とともに、空気が一変した。
まず突っ込んできたのはアレクだった。
「重っ……!」
巨大な盾が風を裂いて迫る。
まるで壁そのものが突進してくるような圧力に、ゼロスは即座に横へ跳んでかわした。
「っ、遅いようで速い……!」
「よく言われる!」
「褒めてません!」
アレクの動きは読みにくい。
見た目の重さに反して、足運びはひどく洗練されている。
しっかりと距離を詰め、逃げ場を奪うように前へ出てくる。
そこへ――後方から、セリナの雷刃が走った。
「隙があるわ」
冷たい声とともに振るわれた剣が、稲妻をまとって空を裂く。
ゼロスの肩口をかすめ、焼けるような痺れが走った。
「くっ……!」
即座に槍を旋回させ、距離を取り直す。
「アレク、押し方が少し雑よ」
「なら姉様が前に出る?」
「あなたが壁役でしょう」
「いや、姉様も十分前衛だと思うんだけど」
「何か言ったかしら?」
「いえ、何も」
兄妹の会話とは思えないほど、連携に無駄がなかった。
(なるほど……確かに手加減なしだ……!)
ゼロスは息を整え、槍を構え直す。
「どうした、ゼロス・ヴァルトール。もう終わりじゃないだろう?」
「まだ始まったばかりです」
そう返した瞬間、セリナがわずかに目を細めた。
「口だけではないと見せてちょうだい」
その言葉とともに、再び雷の気配が強まる。
アレクも盾を構え直し、じり、と地を踏みしめた。
だが、その時だった。
「え? ゼロス様、なにしてるの?」
訓練場の空気に似つかわしくない、眠たげな声が響く。
三人そろって、ぴたりと動きを止めた。
ぽてぽてと近づいてきたのは、半分寝ぼけ眼のレイリアだった。
片手にはふかふかのクッション。軽く欠伸をしながら現れたその姿はこの場にあまりにもそぐわない。
「え、なに?決闘?もしかしてゼロス様が姉様と兄様に喧嘩売ったの?やめといたほうがいいよー。強いよ、特に姉様は」
「違います、レイリア様……完全に逆です。売られているのはこっちです」
「えー……そうなの?」
レイリアは目をぱちぱちさせる。
「じゃあ姉様たち、またやってるんだ」
「また、とは」
「気に入らない人とか、ちょっと怪しい人とか、私に近づく人とかいると、たまにこうなるの」
「たまにじゃないわよね?かなりの頻度よね?」
「そうだっけ?」
「そうよ。あなたが気づいてないだけ」
レイリアはふにゃっとした声で「へぇ」と言いながら、柵にもたれかかるように座り込んだ。
「朝寝しようと思ってたのにぃ……」
「それは申し訳ないと思ってる」
そのように言いながらアレクが真顔で言う。
「でも大事な確認だから」
「兄様、そういうのを申し訳ないと思ってないって言うんだよ」
「いや、気持ちは本当に申し訳ないよ?」
「行動が伴ってないのよ」
セリナが冷静に言い切った。
そして、ゼロスへ視線を戻す。
「……本当にあの子、全然気づいていないのよね。人の気持ちにも、場の空気にも」
「そういうところが可愛いんだけれど」
「それだけに、余計に心配になる」
「兄様、それ、だいぶ重いよ」
「重くないよ。普通だよ」
「普通ではないわね」
「ないねー」
「え、そうなの?」
リヴィアとセリナに即答され、アレクは少しだけ不満そうな顔をした。
そのやり取りを見ながら、ゼロスは小さく息をつく。
「――レイリア様に本気で向き合う気がないなら、ここで引いてもらう」
アレクの声音が低くなる。
「中途半端なら許さない」
「……向き合うつもりです」
ゼロスも真っ直ぐ見返した。
「本気で」
一瞬、場の空気が静まる。
セリナが問う。
「では、聞かせて。あなたはレイリアの何を見ているの?」
ゼロスは少しだけ目を伏せ、それから静かに口を開いた。
「俺は……ぐうたらで、気まぐれで、自由気ままで」
「え、褒めてる?」
「たぶん褒めてるんじゃない?」
「続けて」
「……あの人が、羨ましいと思ったんです」
「羨ましい?」
ゼロスの言葉に対し、アレクの眉が動く。
「ええ。俺にはないものを、彼女はたくさん持っている。戦場でも、それ以外でも……」
「例えば?」
「……折れないところです」
ゼロスは少し恥ずかしそうに答えた。
「自由に見えて、何にも縛られていないようでいて、でも本当に必要なときには誰より先に立つ。あの強さも、あの在り方も……俺にはない」
アレクとセリナが、わずかに視線を交わした。
「それを、近くで見ていたいと思ってしまった……それが、始まりでした」
淡々とした言葉のひとつひとつに、確かな熱があった。
「――認めるには、まだ足りないけれど」
「……少なくとも、誠意は伝わった」
セリナとアレクはお互いに顔を見合わせ、頷いた。
そして、剣と盾が、ゆっくり下ろされる。
ゼロスは少しだけ肩の力を抜いた。
そして、何気なくレイリアへ視線を向ける。
そこには、柵にもたれたまま、半分眠そうな顔をしているレイリアの姿。
(……たぶん、聞いていないな)
そう思いながら、ゼロスは口にした。
「……っていうか、今の聞いていませんでしたよね?レイリア様」
「うーん……ちょっと聞いてた」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶんなんですか」
「なんか、褒められてた気がした」
「ざっくりしすぎでしょう……」
リヴィアが吹き出す。
「ほんと、こういうところよねぇ」
「でもまあ、レイリアらしいわ」
セリナも少しだけ呆れたように言う。
するとレイリアは、眠たげに首を傾げながら、ぽつりと続けた。
「……あ、でも」
「でも?」
「ゼロス様って、私のこと好きなんですか?」
「ふぐっ――!?」
ゼロスの顔が、一瞬で真っ赤になった。
セリナは即座に額を押さえ、アレクは無言で空を仰ぐ。
リヴィアに至っては、柵からずり落ちるほど笑っていた。
「ちょっ、レイリア、それ爆弾すぎるってば!」
「やっぱり天然でやってるのね、この子……恐ろしい末っ子だわ」
「兄としては胃が痛い」
「え? 私、なんかまずいこと言った?」
ぽかんと首を傾げるレイリアに、ゼロスは耳まで赤くしながら必死に言葉を絞り出した。
「そ……そういうことは、もう少し、タイミングというものを……!」
「えー……じゃあ、次は寝起きのときに聞くね」
「それはそれで最悪のタイミングです!」
「じゃあ昼寝の前?」
「変わりません!」
「昼寝の後?」
「だからそういう問題では……!」
「難しいねぇ」
「難しくしているのはあなたです!」
今度こそリヴィアが盛大に笑い転げた。
「だめ……っ、ゼロスさん、完全に遊ばれてる……!」
「レイリア、あまりからかうものじゃないわ」
セリナがたしなめる。
「でも、まあ……少し分からなくもないけれど」
「姉様も分かるんだ……」
「反応が面白いもの」
「姉様まで……!」
アレクはそんな二人を見て、深いため息をついた。
「……レイリア」
「なに、兄様」
「相手が本当に困ってる顔をしたら、その辺でやめなさい」
「えー」
「えー、じゃない」
「はーい」
返事だけは素直だった。
だが、その顔にはまだ少し面白がっている気配が残っている。
ゼロスは額を押さえ、小さく息を吐いた。
(……本当に、この一族は手加減がない)
けれど、不思議と嫌ではなかった。
レイリアは眠たげな顔のまま、それでもどこか楽しそうにこちらを見ている。
その姿を見ていると、動揺も困惑も、全部まとめて抱えたままでも構わないような気がしてくる。
――ゼロスの受難の日々は、まだまだ続きそうだった。