世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第23話 封鎖された記録、始まる疑念
朝焼けが差し込む静かな部屋。
エルヴァーン家の屋敷の地下――石造りのその一室は、普段なら情報と報告だけが飛び交う実務の場だ。
だが今日に限っては、どこか妙な緊張が漂っていた。
レイリアは椅子に座ったまま片肘をつき、ぼんやりと天井を見上げている。
ゼロスはそんな彼女の隣で、無言のまま近くの椅子に腰を下ろしていた。
その時、部屋の扉がゆっくりと開く。
「おはよう、みんな」
軽やかに現れたのは長女のセリナだった。
その手には、封印付きの報告書が数枚握られている。
「おはよう、姉様」
「今日は珍しく起きているのね、レイリア……まあ、ちょうどいいわ」
「ん?これ……例の記録?」
レイリアが顔を上げる。
セリナは無言で頷き、机の上に書類を広げた。
「アークフェン王国の中央情報網――その一部に、奇妙なログ改ざんがあったの。内部にいた協力者が抜き出してくれた情報よ。見て」
レイリアとゼロスが覗き込むと、そこには詳細な地図と複数の施設名が記されていた。
その中のひとつに、目を引く赤い印がある。
「ルキアル旧神殿跡……?」
「そう。もともとは聖女信仰の儀式場として使われていた古代遺構よ。けれど今は、アークフェン王国の【対魔族研究施設】として運用されていた記録が残っていた……でも」
「でも?
「――先月から、その記録が消えたの。施設ごと。まるで最初から存在しなかったみたいにね」
「……記録ごと封鎖、ですか」
セリナの発言に対し、ゼロスが苦々しい顔をする。
「ええ。ご丁寧に、関わった研究者たちの出勤記録まで削除されていたわ。おそらく口封じ……あるいは、抹消でしょうね」
レイリアは机に顎を乗せながら、ぼそりとつぶやいた。
「いよいよ、きな臭くなってきたねぇ……やばくない?私たちが前にいた国」
「問題はそこなのですよ、レイリア」
セリナが声を落とし、妹の目をまっすぐ見つめる。
「その施設に【魔力反応】があったの。強くて、深くて、普通の人間では到底持ちえないほどの魔力。おそらく魔族――しかも、かなりの上位個体よ」
「……リリス、だね」
「可能性は高いわ」
眠たげだったレイリアの顔が、わずかに険しくなった。
その瞬間だった。部屋の隅に置かれていた結界魔石が、かすかに震える。
次の瞬間、机の上に黒い炎のような魔力がふわりと揺らめいた。
「うわっ」
「レイリア様っ!」
突然の魔力に驚き、ゼロスは反射的にレイリアの身体を支える。
そのまま警戒して視線を向けた先から、聞き慣れた声が響いた。
『――よう、レイリア。起きてるか?』
「……ラグザール。ずいぶんとタイミングがいいじゃない」
『お前んとこの監視がちょっと優秀すぎてな。こっちも頃合いを見てたんだよ……で、いい話と悪い話がある』
「うん。じゃあ、いい話からお願い」
『リリスの場所は突き止めた――王国南部、ルキアル神殿跡だ。かなり深い地下に閉じ込められてる。状態は不明。ただ……』
ラグザールの声が、少しだけ低くなる。
『魔力を制御されてる。あの姉貴が、だぞ?普通にやっても助け出せねぇ。だが……俺たちなら、いける』
「……そう」
レイリアの目が細くなる。
『悪い話はな……お前らが前にいた王国、完全に腐ってる。リリスの魔力は抽出されて、兵器に回されてる。魔族を【素材】扱いだ』
「わぁ……予想通りだね」
以前から、きな臭いことをしている気配はあった。
だが、興味がないと放っておいたことを、レイリアはこの瞬間少しだけ悔やんだ。
その後ろで、ゼロスの拳がぎゅっと握られる。
「……まさか、あの王国がそこまで」
『そういうことだ』
ラグザールの声音が、冷たく落ちる。
『おい、人間。お前もこれからレイリアと一緒に動くつもりなら、腐った王国の中身をちゃんと見ろよ。あの国の人間より俺ら魔族のほうがまだ情に厚いくらいだ』
その言葉に、ゼロスは反論しなかった。
やがてラグザールは、最後に静かに問いかける。
『俺たちは姉貴を取り戻す……お前らは、どうする?』
「私は――」
レイリアが口を開いた直後、通信はふっと途絶えた。
黒い魔力の火も消え、部屋に再び静寂が戻る。
しばらく、セリナ、レイリア、そしてゼロスの三人は何も言わなかった。
その沈黙を破るように、レイリアがゆっくりと椅子から立ち上がる。
その目の奥には、もう迷いはなかった。
静かに、だが確かな戦う者の光が宿っている。
「……行こう、姉様、ゼロス様。ラグザールの言葉が本当なら――もう、黙ってはいられない」
その言葉に、セリナが静かに頷く。
ゼロスもまた、何かを振り切るように強く頷いた。
「まずは、リリスを取り戻す。それが今やるべきことなら……やるしかないよね。それにしても、不思議だなぁ。ラグザールたちと共同なんて」
「……」
「すごく嫌そうな顔をしているけど大丈夫?ゼロス様?」
「…………頑張ります」
「うん、ふぁいとー」
レイリアはどこか他人事のようにそう言って、小さく笑う。
けれど、その瞳だけはまっすぐだった。
その奥で燃えている闘志に、ゼロスは確かに気づいていた。
エルヴァーン家の屋敷の地下――石造りのその一室は、普段なら情報と報告だけが飛び交う実務の場だ。
だが今日に限っては、どこか妙な緊張が漂っていた。
レイリアは椅子に座ったまま片肘をつき、ぼんやりと天井を見上げている。
ゼロスはそんな彼女の隣で、無言のまま近くの椅子に腰を下ろしていた。
その時、部屋の扉がゆっくりと開く。
「おはよう、みんな」
軽やかに現れたのは長女のセリナだった。
その手には、封印付きの報告書が数枚握られている。
「おはよう、姉様」
「今日は珍しく起きているのね、レイリア……まあ、ちょうどいいわ」
「ん?これ……例の記録?」
レイリアが顔を上げる。
セリナは無言で頷き、机の上に書類を広げた。
「アークフェン王国の中央情報網――その一部に、奇妙なログ改ざんがあったの。内部にいた協力者が抜き出してくれた情報よ。見て」
レイリアとゼロスが覗き込むと、そこには詳細な地図と複数の施設名が記されていた。
その中のひとつに、目を引く赤い印がある。
「ルキアル旧神殿跡……?」
「そう。もともとは聖女信仰の儀式場として使われていた古代遺構よ。けれど今は、アークフェン王国の【対魔族研究施設】として運用されていた記録が残っていた……でも」
「でも?
「――先月から、その記録が消えたの。施設ごと。まるで最初から存在しなかったみたいにね」
「……記録ごと封鎖、ですか」
セリナの発言に対し、ゼロスが苦々しい顔をする。
「ええ。ご丁寧に、関わった研究者たちの出勤記録まで削除されていたわ。おそらく口封じ……あるいは、抹消でしょうね」
レイリアは机に顎を乗せながら、ぼそりとつぶやいた。
「いよいよ、きな臭くなってきたねぇ……やばくない?私たちが前にいた国」
「問題はそこなのですよ、レイリア」
セリナが声を落とし、妹の目をまっすぐ見つめる。
「その施設に【魔力反応】があったの。強くて、深くて、普通の人間では到底持ちえないほどの魔力。おそらく魔族――しかも、かなりの上位個体よ」
「……リリス、だね」
「可能性は高いわ」
眠たげだったレイリアの顔が、わずかに険しくなった。
その瞬間だった。部屋の隅に置かれていた結界魔石が、かすかに震える。
次の瞬間、机の上に黒い炎のような魔力がふわりと揺らめいた。
「うわっ」
「レイリア様っ!」
突然の魔力に驚き、ゼロスは反射的にレイリアの身体を支える。
そのまま警戒して視線を向けた先から、聞き慣れた声が響いた。
『――よう、レイリア。起きてるか?』
「……ラグザール。ずいぶんとタイミングがいいじゃない」
『お前んとこの監視がちょっと優秀すぎてな。こっちも頃合いを見てたんだよ……で、いい話と悪い話がある』
「うん。じゃあ、いい話からお願い」
『リリスの場所は突き止めた――王国南部、ルキアル神殿跡だ。かなり深い地下に閉じ込められてる。状態は不明。ただ……』
ラグザールの声が、少しだけ低くなる。
『魔力を制御されてる。あの姉貴が、だぞ?普通にやっても助け出せねぇ。だが……俺たちなら、いける』
「……そう」
レイリアの目が細くなる。
『悪い話はな……お前らが前にいた王国、完全に腐ってる。リリスの魔力は抽出されて、兵器に回されてる。魔族を【素材】扱いだ』
「わぁ……予想通りだね」
以前から、きな臭いことをしている気配はあった。
だが、興味がないと放っておいたことを、レイリアはこの瞬間少しだけ悔やんだ。
その後ろで、ゼロスの拳がぎゅっと握られる。
「……まさか、あの王国がそこまで」
『そういうことだ』
ラグザールの声音が、冷たく落ちる。
『おい、人間。お前もこれからレイリアと一緒に動くつもりなら、腐った王国の中身をちゃんと見ろよ。あの国の人間より俺ら魔族のほうがまだ情に厚いくらいだ』
その言葉に、ゼロスは反論しなかった。
やがてラグザールは、最後に静かに問いかける。
『俺たちは姉貴を取り戻す……お前らは、どうする?』
「私は――」
レイリアが口を開いた直後、通信はふっと途絶えた。
黒い魔力の火も消え、部屋に再び静寂が戻る。
しばらく、セリナ、レイリア、そしてゼロスの三人は何も言わなかった。
その沈黙を破るように、レイリアがゆっくりと椅子から立ち上がる。
その目の奥には、もう迷いはなかった。
静かに、だが確かな戦う者の光が宿っている。
「……行こう、姉様、ゼロス様。ラグザールの言葉が本当なら――もう、黙ってはいられない」
その言葉に、セリナが静かに頷く。
ゼロスもまた、何かを振り切るように強く頷いた。
「まずは、リリスを取り戻す。それが今やるべきことなら……やるしかないよね。それにしても、不思議だなぁ。ラグザールたちと共同なんて」
「……」
「すごく嫌そうな顔をしているけど大丈夫?ゼロス様?」
「…………頑張ります」
「うん、ふぁいとー」
レイリアはどこか他人事のようにそう言って、小さく笑う。
けれど、その瞳だけはまっすぐだった。
その奥で燃えている闘志に、ゼロスは確かに気づいていた。