世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第26話 拳と、槍の誓い
ルキアル旧神殿――地下第三層。その空間は異様だった。
壁には魔力を封じるための封陣がびっしりと刻まれ、空気は重く、湿っている。
息をするだけで肺の奥に鉛が沈んでいくような、不快な圧迫感があった。
『ゼロス、敵接近……六体。正面から来るよ』
「――了解しました」
通信石越しに、リヴィアの声が落ちる。
上空から全体を見下ろしている彼女の視界は、この潜入作戦における命綱だった。
やがて神殿奥の通路から現れたのは――黒装束の兵士たちだった。
「機密部隊か……厄介な」
ゼロスが低くつぶやいた、その直後――敵兵たちの武器が一斉に淡い光を帯びる。
魔導兵装――魔力を武器へ変換する装置。本来なら強い魔力場でしか扱えない代物のはずだが、ここでは例外らしい。
「結界に適応した兵器まで用意してるのかよ……ほんと、抜け目ねぇな」
ラグザールが舌打ちしながら吐き捨てる。
ゼロスは一歩前へ出て、槍を構えた。
「下がっていてください。ここは俺が――」
「いやいや、そういうのはあとでやれ。バカ正直に受け止めてどうすんだ。先手はこっちだろ」
言うが早いか、ラグザールが腕を振るう。
爆風のような衝撃が通路を吹き抜け、その勢いのまま彼は前衛へ突っ込んだ。
「おらっ!」
拳が振り下ろされ、先頭の兵士が壁へ叩きつけられる。
「おい、ゼロス。俺たち今だけは味方なんだから、足引っ張るなよ?」
「……心得ています」
短く返し、ゼロスは次の敵へ狙いを定めた。
――ガンッ!
魔槍が乾いた音を立て、兵士の剣を弾き飛ばす。
そのまま足払いを叩き込み、体勢の崩れた相手の首元へ槍の柄を打ちつける。
無駄のない、研ぎ澄まされた動き。
さすがは最強の騎士と呼ばれるだけのことはあった。
だが相手も、ただ鍛えられた兵士ではない。
「……再構成? 身体が、修復してるっ!」
ゼイディスの声に、ゼロスが目を細める。
倒れた兵士の一人が全身を光で包み込まれながら、折れた骨を瞬く間に修復して立ち上がったのだ。
「この兵たち……まさか、リリスの魔力を使って再生してる?」
「本当ですか?」
「たぶん。でも、魔力の【匂い】がそんな感じ……勘だけどね」
壁に背を預けたまま、レイリアが低く言う。
息は浅く、顔色もまだ悪い。魔力を封じられた彼女は今、前線に立てない。
それでも、その目だけは戦場全体を見失っていなかった。
「筋肉強化と自己再生……動きの癖が分かれば対応できるよ」
レイリアは足元に落ちていた金属片を拾い、周囲の結界構造をじっと見つめる。
「……ここ、一部歪んでる。ゼロス様、正面左の通路へ引き込んで。あそこ、結界が少し甘い」
「了解です!」
即座に反応し、ゼロスは位置をずらす。
敵を誘導するように、あえて一歩引いた。
「ラグザール、右から回り込んで!ゼイディスは後方支援!」
「ったく、指示だけは一人前だな、拳姫!」
「うるさい、早く動いて」
レイリアの半眼の指示に、ラグザールが笑う。
そのまま彼は跳躍し、ゼロスと敵兵のあいだへ割って入った。
「次、俺の番だろ?いっちょやるかぁ!」
赤黒い闘気がラグザールの周囲を包む。
鋭い拳が二発、三発と叩き込まれ、敵兵の隊列を無理やり崩していく。
その後方から、ゼイディスが魔力を抑えた飛び道具で牽制を入れる。
結界下でも使える最低限の術式だけを選んで撃っているらしい。
「兄上少し左へ。そこ、死角です」
「はいはい、細かいな」
「細かくないと兄上が雑すぎるんですよ」
どこか噛み合わないようでいて、妙に噛み合う。
即席の小隊としては、意外なほど連携できていた。
――そして数分後。
最後の兵士が崩れ落ち、通路に静寂が戻る。
「ふぅ……なんとか、なったか」
ラグザールが深く息を吐き、壁へ背を預けた。
「……見直しましたよ、ゼロス。あなた、思ったよりやれるじゃないですか」
「それはどうも」
ゼイディスの含みある言葉に対し、ゼロスは肩で息を整えながらもわずかに笑った。
それから、まっすぐレイリアのほうへ歩み寄る。
「……大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう……ごめんね。私、今回はあんまり役に立ってないね……」
レイリアは悔しそうに目を伏せた。
本来なら前線で殴り飛ばす側の彼女が、自分の力を出しきれない。
そのもどかしさが、珍しくはっきりと表に出ていた。
ゼロスはそんな彼女へ、ためらいなく言葉を返す。
「そんなことはありません」
その声は、まっすぐだった。
「あなたの指示がなければ、俺は彼らの動きに遅れていました。あなたが【戦場】を見ていたからこそ、俺たちは勝てたんです」
「……ゼロス様」
「あなたが前を歩けないなら、俺が前を行きます。ですが、あなたが背を向けず、ここに立っていてくれる限り――」
ゼロスは彼女をまっすぐに見て言った。
「俺は、何度でも槍を振るえます」
一瞬、レイリアは驚いたように目を見開く。
それから少しだけ目を伏せて、ふっと笑った。
「……やっぱり、ゼロス様って、ずるいよね」
「そうですか?」
「うん。そう」
ほんのわずかに耳を赤くしながら、レイリアは立ち上がる。
「あー、もう……行こう。リリスはもうすぐそこにいる」
誰がともなく頷き、一行は再び地下の深部へ向かって歩き出した。
少しだけ赤くなったレイリアの耳に気づいた者はいない。
いや――もしかすると、気づいていて口にしなかった者はいたのかもしれない。
そして、その先に待つ人物が彼らの想像をさらに超える存在である事を、まだ誰も知らなかった。
壁には魔力を封じるための封陣がびっしりと刻まれ、空気は重く、湿っている。
息をするだけで肺の奥に鉛が沈んでいくような、不快な圧迫感があった。
『ゼロス、敵接近……六体。正面から来るよ』
「――了解しました」
通信石越しに、リヴィアの声が落ちる。
上空から全体を見下ろしている彼女の視界は、この潜入作戦における命綱だった。
やがて神殿奥の通路から現れたのは――黒装束の兵士たちだった。
「機密部隊か……厄介な」
ゼロスが低くつぶやいた、その直後――敵兵たちの武器が一斉に淡い光を帯びる。
魔導兵装――魔力を武器へ変換する装置。本来なら強い魔力場でしか扱えない代物のはずだが、ここでは例外らしい。
「結界に適応した兵器まで用意してるのかよ……ほんと、抜け目ねぇな」
ラグザールが舌打ちしながら吐き捨てる。
ゼロスは一歩前へ出て、槍を構えた。
「下がっていてください。ここは俺が――」
「いやいや、そういうのはあとでやれ。バカ正直に受け止めてどうすんだ。先手はこっちだろ」
言うが早いか、ラグザールが腕を振るう。
爆風のような衝撃が通路を吹き抜け、その勢いのまま彼は前衛へ突っ込んだ。
「おらっ!」
拳が振り下ろされ、先頭の兵士が壁へ叩きつけられる。
「おい、ゼロス。俺たち今だけは味方なんだから、足引っ張るなよ?」
「……心得ています」
短く返し、ゼロスは次の敵へ狙いを定めた。
――ガンッ!
魔槍が乾いた音を立て、兵士の剣を弾き飛ばす。
そのまま足払いを叩き込み、体勢の崩れた相手の首元へ槍の柄を打ちつける。
無駄のない、研ぎ澄まされた動き。
さすがは最強の騎士と呼ばれるだけのことはあった。
だが相手も、ただ鍛えられた兵士ではない。
「……再構成? 身体が、修復してるっ!」
ゼイディスの声に、ゼロスが目を細める。
倒れた兵士の一人が全身を光で包み込まれながら、折れた骨を瞬く間に修復して立ち上がったのだ。
「この兵たち……まさか、リリスの魔力を使って再生してる?」
「本当ですか?」
「たぶん。でも、魔力の【匂い】がそんな感じ……勘だけどね」
壁に背を預けたまま、レイリアが低く言う。
息は浅く、顔色もまだ悪い。魔力を封じられた彼女は今、前線に立てない。
それでも、その目だけは戦場全体を見失っていなかった。
「筋肉強化と自己再生……動きの癖が分かれば対応できるよ」
レイリアは足元に落ちていた金属片を拾い、周囲の結界構造をじっと見つめる。
「……ここ、一部歪んでる。ゼロス様、正面左の通路へ引き込んで。あそこ、結界が少し甘い」
「了解です!」
即座に反応し、ゼロスは位置をずらす。
敵を誘導するように、あえて一歩引いた。
「ラグザール、右から回り込んで!ゼイディスは後方支援!」
「ったく、指示だけは一人前だな、拳姫!」
「うるさい、早く動いて」
レイリアの半眼の指示に、ラグザールが笑う。
そのまま彼は跳躍し、ゼロスと敵兵のあいだへ割って入った。
「次、俺の番だろ?いっちょやるかぁ!」
赤黒い闘気がラグザールの周囲を包む。
鋭い拳が二発、三発と叩き込まれ、敵兵の隊列を無理やり崩していく。
その後方から、ゼイディスが魔力を抑えた飛び道具で牽制を入れる。
結界下でも使える最低限の術式だけを選んで撃っているらしい。
「兄上少し左へ。そこ、死角です」
「はいはい、細かいな」
「細かくないと兄上が雑すぎるんですよ」
どこか噛み合わないようでいて、妙に噛み合う。
即席の小隊としては、意外なほど連携できていた。
――そして数分後。
最後の兵士が崩れ落ち、通路に静寂が戻る。
「ふぅ……なんとか、なったか」
ラグザールが深く息を吐き、壁へ背を預けた。
「……見直しましたよ、ゼロス。あなた、思ったよりやれるじゃないですか」
「それはどうも」
ゼイディスの含みある言葉に対し、ゼロスは肩で息を整えながらもわずかに笑った。
それから、まっすぐレイリアのほうへ歩み寄る。
「……大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう……ごめんね。私、今回はあんまり役に立ってないね……」
レイリアは悔しそうに目を伏せた。
本来なら前線で殴り飛ばす側の彼女が、自分の力を出しきれない。
そのもどかしさが、珍しくはっきりと表に出ていた。
ゼロスはそんな彼女へ、ためらいなく言葉を返す。
「そんなことはありません」
その声は、まっすぐだった。
「あなたの指示がなければ、俺は彼らの動きに遅れていました。あなたが【戦場】を見ていたからこそ、俺たちは勝てたんです」
「……ゼロス様」
「あなたが前を歩けないなら、俺が前を行きます。ですが、あなたが背を向けず、ここに立っていてくれる限り――」
ゼロスは彼女をまっすぐに見て言った。
「俺は、何度でも槍を振るえます」
一瞬、レイリアは驚いたように目を見開く。
それから少しだけ目を伏せて、ふっと笑った。
「……やっぱり、ゼロス様って、ずるいよね」
「そうですか?」
「うん。そう」
ほんのわずかに耳を赤くしながら、レイリアは立ち上がる。
「あー、もう……行こう。リリスはもうすぐそこにいる」
誰がともなく頷き、一行は再び地下の深部へ向かって歩き出した。
少しだけ赤くなったレイリアの耳に気づいた者はいない。
いや――もしかすると、気づいていて口にしなかった者はいたのかもしれない。
そして、その先に待つ人物が彼らの想像をさらに超える存在である事を、まだ誰も知らなかった。