世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。

第27話 檻の中の魔族の姫

 ――地下最深層。

 冷たい石壁と、魔力を阻む封陣が張り巡らされた空間の最奥。
 そこに広がっていたのは、もはや神殿とは思えぬほど人工的な施設だった。
 白銀の金属で囲われた区画。
 床には魔法陣が幾重にも重ねられ、その中央では黒い結晶めいた装置が不気味に脈動している。

 そして、その中心に――一人の少女がいた。

 檻のように浮遊する拘束装置に囚われ、そして膝を抱えるような姿勢のまま浮かんでいるのは、魔族の少女・リリスだった。
 美しい銀髪は乱れ、唇は青白く乾いている。
 目はうっすらと開いているものの、焦点は合わず、ただ虚ろに一点を見つめていた。

「……リリス」

 その名を呼んだ声に、彼女の指先がわずかに震えた。

「いた……やっぱり……っ!」

 レイリアが思わず駆け出そうとする。
 しかし、それを制したのはラグザールだった。

「待て。何かおかしい」

 ラグザールが腕を広げ、レイリアの前へ立つ。
 その声音には、いつもの軽さがなかった。

「姉貴の……リリスの魔力の流れが、まったく感じられねぇ」
「それは、結界のせいじゃ……」
「いや、違う」

 ラグザールの目が鋭く細められる。

「これは【吸われて】やがる」

 その言葉が落ちた直後、部屋全体が脈打つように光を放った。
 ドクン――と、何かの鼓動にも似た低い音が響く。
 まるで地下そのものが生き物のように、空間全体が脈動していた。
 ゼイディスが小さく呻く。

「……まさか、これ……姉上の魔力を【電源】にしているのですか……?」

 その言葉に、レイリアは中央の黒い結晶へ目を向ける。
 そこから発せられている力は、たしかに魔族特有の魔気と酷似していた。

「リリス……聞こえる? 私だよ。レイリアだよ」

 レイリアが声を張る。
 友人というわけではない。
 特別仲が良かったわけでもない。
 それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。
 もう一度呼びかけようとしたその瞬間――レイリアの声に反応するように、リリスの瞳がかすかに揺れる。
 ゆっくりと首が動き、その視線がレイリアへ向けられた。

「……ぉ……あ……れ、い……?」

 かすれた声が、喉の奥からこぼれる。

「大丈夫。必ず助けるから」

 レイリアは息を飲み、それでも笑おうとした。

「君がいなくなると、戦う相手が一人減っちゃうし……つまらないからね」
「……ふ、ふふ……やっぱり……レイリア……来た、のね……」

 リリスの顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
 だが次の瞬間。

「……っ、あ……あああっ……!」

 リリスの全身が、突如として光に包まれた。
 白熱した魔力が黒結晶から逆流し、部屋全体へ圧が走り、結界が軋み、床の魔法陣が赤黒く明滅し始めた。

「やばい、魔力が暴走してる!」
「解放の反動か!?こいつ……限界を超えてるぞ!」

 ラグザールが咄嗟に身構える。
 ゼロスもまた即座にレイリアの前へ出て、静かに槍を構えた。

「ゼ、ゼロス様……」
「彼女は、制御できない状態にあります。レイリア様――あれが暴れれば、ここは持ちません」

 その言葉に、レイリアは歯を食いしばった。
 ここまで来た。
 手を伸ばせば届くはずの場所まで来た。
 それなのに、まだあと少し届かない。

「……リリス!!」

 レイリアは全身の力を込めて叫ぶ。

「帰るよ!君、ここで何されてたの!?こんなところに一人でいる意味なんて、ないでしょう!!」

 ――その声に、何かが揺れた。

 暴走しかけていたリリスの魔力が、ほんの僅かに収まる。
 ゼイディスが目を見開いた。

「……今の、届いた?」
「レイリア様、もう一度!」

 レイリアは息を吸い込み、さらに声を重ねる。

「……リリス、聞こえる?私ね、ちゃんと覚えてるよ。昔、初めて会った時のこと」

 少しだけ口をへの字に曲げる。

「あんた、無愛想で。私の父様にばっかり話しかけてて――すっごくむかついたんだから!」
「……う、ふ……ふふ……」

 リリスの口元が、ほんのわずかに笑う。
 だがその直後――

『――排除対象、確認。防衛機構、起動』

 無機質な声が、天井から響いた。
 神殿の壁が音を立てて開き、金属の脚を持つ無人戦闘機が次々と姿を現す。

『魔力反応、急上昇。敵性存在、展開――』
「ちっ、時間切れか!」

 ラグザールが即座にレイリアを背後へ下げる。
 ゼロスも槍を構え、声を張り上げた。

「リヴィア!こちらに防衛兵器が出た!援護を頼む!」
『了解! 弾道を調整する――少し時間を稼いで!』

 通信石越しに響くリヴィアの声。
 それを聞いた瞬間、レイリアは拳を強く握りしめ、そして一度だけ目を閉じ、再びリリスへ向かって叫ぶ。

「もう、誰にも奪わせない!私は、もう何も奪わせるつもりはない!」

 その声は、まだかすかに残っていたリリスの心へ――たしかに届いていたのかもしれない。
 誰も気づかなかった。
 レイリアの言葉を聞いたリリスが、静かに笑っていたことに。
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