世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。

第28話 リリスの覚醒

 ――防衛機構、展開完了。

 無機質なアナウンスとともに、地下空間へ金属音が響き渡る。
 壁の奥からゆっくり姿を現したのは、鋼の殻に包まれた蜘蛛のような機体だった。
 鋭利な脚が床を刻み、先端に備えられた光線兵器が不気味な起動音を立て始める。

「……こいつらが、防衛兵器か」

 ゼロスが槍を構え、一歩前へ出る。
 その背後では、レイリアが拳を握りしめながら立っていた。

「魔力を封じる結界に適応した兵器……王国がここまでやるとは思わなかったよ。一発くらいぶん殴っておけばよかったかな、あの王子」
「今さら言っても遅いだろ」
「名前も思い出せないくらいどうでもよかったし」
「それはそれでひどいな」

 そんな軽口をこぼしながらも、レイリアの目は結晶から逸れない。
 一方、ラグザールは低く笑いながら拳を鳴らした。

「ゼイディス、レイリアのサポートは任せた。ゼロス、こっちはこっちで派手にやるぞ」
「ああ、分かった」
「返事だけは素直だな、お前」
「あなたに言われたくはない」

 即座に言い返しながら、ゼロスもまた槍を構え直す。
 次の瞬間、二人はほとんど同時に駆け出していた。
 先に飛び込んだのはゼロスだ。
 迫る鋼の脚を槍で受け流し、軌道を逸らしながら機体の懐へ潜り込む。

「左、来るぞ!」
「見えてる!」

 ラグザールが怒鳴り、横合いから飛び込んできた機体へ拳を叩き込んだ。
 赤黒い闘気をまとった一撃が、蜘蛛型兵器の胴体を大きくへこませる。
 だが、もう一体がすぐさまゼロスの背後へ回り込む。

「後ろだ、人間!」
「指図は不要です!」

 そう返しながらも、ゼロスは半歩ずれてその攻撃をかわす。
 空振った光刃が床をえぐった直後、ラグザールの蹴りが横から飛び込み、機体を通路の壁へ叩きつけた。

「……助かりました」
「礼を言うのか言わないのか、はっきりしろよ」
「恩は認めますが、態度までは改めません」
「めんどくせぇな、お前」
「それはお互い様でしょう」

 文句を言い合っているくせに、動きだけは妙に噛み合っていた。
 ゼロスが鋼の脚を槍で払い、体勢を崩したところへラグザールが拳を叩き込む。
 ラグザールが無理やりこじ開けた隙へ、ゼロスの槍先が正確に差し込まれる。

「右二体、来ます!」
「ならまとめて吹っ飛ばせ!」
「雑な指示ですね!」
「できるだろ、お前なら!」
「……っ!」

 言い返しながらも、ゼロスは槍を大きく薙いだ。
 鋼の脚をまとめて弾き飛ばし、そのままラグザールが踏み込む。

「おらぁっ!」

 拳が叩き込まれ、機体がひしゃげる。
 さらにゼロスが真下から槍を突き上げ、魔力炉らしき部位を貫いた。

 ――爆ぜる。

「うわ、あの二人、文句言いながらちゃんと連携してる」
「兄上はああ見えて、戦闘中は合わせるのが上手いんですよ」
「ゼロス様も真面目なくせに、ちゃんと乗ってるし……」
「どちらも性格は面倒ですが、相性そのものは悪くないのかもしれませんね」

 そんな会話を背に、前線ではなお戦闘が続いていた。

「ゼロス、そっちの足を止めろ!」
「言われなくても!あなたは上を!」
「はいはい、命令されてやるよ!」

 ラグザールが跳び上がり、天井近くまで持ち上がった機体の胴体へ叩きつけるように拳を落とす。
 同時に、ゼロスが下から槍で支点を崩し、機体を床へ転倒させた。

「今だ、ラグザール!」
「だから言われなくても分かってるっての!」

 轟音――蜘蛛型兵器が、ついに完全停止する。
 そして、残るは二体。

 ゼロスが槍を構え直した、その隣へラグザールが並んだ。

「おい人間。左をやるから、右はお前が片づけろ」
「逆です。右は動きが速い。あなたより俺の方が向いている」
「は?喧嘩売ってんのか?」
「事実を述べているだけです」
「……ちっ。じゃあ、速いほう持ってけ」
「最初からそう言ってください」
「ほんと可愛くねぇな」

 言いながらも、二人は同時に駆けた。
 ゼロスは高速で横移動する機体を追い、槍を低く滑らせて脚部を断つ。
 バランスを崩した瞬間を狙って、ラグザールが最後の一体の頭部を粉砕した。
 そして、ほぼ同時――ゼロスの槍が魔力核を貫き、ラグザールの拳が鋼殻を潰す。
 最後の二体が、同時に沈黙した。
 地下に、ようやく静寂が戻る。

「ふぅ……」

 ラグザールが肩を回しながら息を吐く。

「……お前、思ったよりやるじゃねぇか」
「それはどうも。あなたも、思ったより雑ではない」
「褒めてんのか、それ」
「半分くらいは」
「半分かよ」

 苦笑とも舌打ちともつかない顔でラグザールが笑う。
 一方、レイリアは結晶を見つめたまま、静かに前へ出た。

「今のうちに止めるよ。リリスを解放する」

 ゼイディスがはっとして振り返る。

「でも、レイリア様。今のあなたは魔力が――」
「関係ないよ。ちょっと無理するだけだから。多分寝ればなんとかなる」

 あまりにもレイリアらしい基準だった。
 静かに息を吐きながら、彼女は中央の結晶へ歩み寄っていく。

「リリスを止めるなら、ちょうど私の拳がある。この拳で何とかしてみせる」

 足元は重い。
 それでも一歩ずつ進む。
 その意志に引かれるように、結晶の中のリリスの指先がかすかに震えた。

(届いてる……さっきの声、ちゃんと)

 レイリアは結晶の前に立ち、拳を作る。

「……ごめんね、リリス」

 そして、渾身の一撃を結晶の中心へ叩き込んだ。

 ――カンッ!!

 乾いた音が響く。
 魔力を帯びた結晶はひび割れ、その周囲の魔法陣にノイズが走った。

「今だ、ゼイディス!内部干渉、お願い!」
「っ……分かりました!今、術式を反転させます!」

 ゼイディスの雷がひびへ流れ込み、内部の回路を焼き切る。
 結界が音を立てて崩れ始めた――その瞬間、空気が変わる。
 重く、圧倒的な【何か】が地下全体へ広がっていく。
 風が生まれ、壁に刻まれた封印がひとつ、またひとつと砕け落ちた。

「――っ、これは……!」

 レイリアが目を見開く。
 そして、リリスがゆっくりと目を開いた。

「……レイ、リア……」

 その瞳には、たしかな意志が戻っていた。
 拘束が解け、リリスの身体がゆっくりと宙から降りてくる。
 レイリアはすぐに駆け寄った。

「あ……姉上の魔力が、ちゃんと戻ってる……」

 ゼイディスがほっとしたように笑う。
 地面へ降り立ったリリスは、見た目だけならか弱い少女のままだった。
 けれど、その纏う気配は明らかに違う。

「……ずっと、眠ってたみたい。変な夢だった……でも、もう大丈夫」
「うん。大丈夫ならよかったよ」

 レイリアが頷いた、その直後。
 目の前の無人兵器の一体が、閃光とともに消し飛んだ。

「なっ……!?」
「……え?」

 誰も、その瞬間を見切れなかった。
 ただ、リリスが手をかざしただけだった。
 そして次の瞬間、残っていた兵器すべてが――氷結し、砕け散る。

「これで、静かになったわね」

 その笑みはどこかやさしく、それでいて凛としていた。
 まるで冷たい月をまとった女王のように。
 レイリアは呆然としながら、ぽつりと漏らす。

「リリス、やっぱり強いね。父様と母様が手こずるわけだ」
「当然でしょう?私が誰だと思ってるの」

 言いながらも、その声音はどこか嬉しそうだった。

「でも、ありがとう。呼んでくれて……助かったわ。人間たちに捕まった時はどうすることもできなかったけど……思い出したら腹が立ってきた。今からぶっ潰しに行こうかしら?」
「姉貴、元気なのはいいがやめろ。今はそれどころじゃねぇ」
「兄上の言うとおりです。まずは離脱を」
「……そうね」

 弟たちにたしなめられ、リリスはようやく矛を収めた。
 すると、ゼロスが静かに前へ出る。

「とりあえず、ここから脱出しましょう。まだ上階にも敵が残っている可能性があります。ここで得た情報が外へ漏れれば……あなたたちは確実に【反逆者】扱いされる」

 その言葉に、ラグザールとゼイディスが顔を見合わせる。

「つまり、王国を敵に回すってわけか……」
「……また厄介な話ですね」
「今さらじゃねぇか?」
「それはそうですね」

 二人とも、わりとどうでもよさそうだった。
 だが、レイリアは違った。

「ふふ……上等」

 にっと笑う。

「こっちにはね、最強の騎士がいるから。心強いでしょ?」

 その言葉に、ゼロスは一瞬だけ戸惑った。

「れ、レイリア様……っ」
「ね、できるよね?」
「……まあ、頑張ります」

 少し照れたような顔で答えるゼロスに、レイリアは満足そうに笑う。
 そのやり取りを見ていたリリスが、感慨深げに目を細めた。

「……ふぅん。そう。レイリアが……そういう顔、するんだ……ラグザール、どうする?」
「へっ、上等」

 笑いながら答えるリリスに対し、ラグザールは鼻で笑うのだった。
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