世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第29話 地上の光と、いつもの光景
ルキアル旧神殿跡――地下最深層。魔力制御装置の破壊とリリスの救出を終えた一行は、急ぎ地上を目指していた。
未だ魔力の流れが不安定な中、崩れかけた階層を駆け上がる足音が無言の焦燥を物語っている。
「魔物の気配……少しずつ濃くなってるね」
レイリアが後方を振り返りながら、冷静に周囲を観察する。
「地下のリリスが閉じ込められていた所が破れて、封じられてた魔物が溢れ出してるのかもな」
ラグザールが面倒くさそうに頭を掻く。
「……姉上、まだ体は完全じゃありませんよね。無理なさらずに」
ゼイディスが気遣うように妹を見やるが、リリスはゆっくりと首を振った。
「大丈夫大丈夫!……もう、眠ってばかりいるのはやめたから」
その言葉に、レイリアが小さく頷く。
「だったら、さっさと地上に戻ろう……父さまと母さま、待ってるから」
その言葉に一瞬目を見開いた後、リリスの表情がわずかに明るくなる。
「え、グレイスが……外に?」
「うん。敵だけど一応心配はしていたよ……母さまは別だけど――」
少し別方向に視線を向けながら答えるレイリアに、リリスの唇がかすかに震えた。
「……会えるんだ……グレイスに」
その呟きは、誰よりも純粋な感情に満ちており――そして。石造りの階段を登りきり、ついに地上への扉を押し開けたその瞬間、乾いた空気が一行を包み、見えてきたのは夜の星空だった。
「……やっと、戻ったか」
ゼロスが短く息をつくと、草原の向こうから静かに足音が近づいてきた。
「――おかえり、レイリア」
現れたのは、変わらない顔をしながらレイリアに手を伸ばす父親、グレイス・エルヴァーンの姿。
彼の隣には、カティア・エルヴァーンの姿もあり、レイリアたちの顔をみると、何処か安堵している様子が見られている。
「……父さま、母さま、ただいま帰りました」
挨拶をした後、そのまま駆け寄ろうとした。
しかし、レイリアが駆け寄るより先に、一番動いたのはあのリリスだった。
「グレイス!!」
風を切って飛び出したのはリリスだった。
髪をなびかせ、嬉しそうに笑いながら彼に向かって一直線に飛びつこうとする――が。
「待てやコラァ!!!」
その前に、鋭い蹴りがリリスの突進を食い止めた。
バチィン!!という凄まじい音と共に、地面に転がるリリスの姿に、グレイス以外の面々は驚いた顔をしている。
同時にその光景は見慣れているので、レイリア、近くまで来た次女であるリディアは何も言わない。
「……痛っ!? な、なにすんのよカティア!!」
「あなた、どの面下げて夫に抱きつこうとしてんだ。10年前の未練引きずってんじゃないわよ」
「未練なんて失礼ね!これは純愛ってやつよ!」
「はいはい、結構なご執着ですね。戦場で発散させてあげるからちょっと付き合えや」
「あら、良いわねそれ……望むところよ!」
ピキピキと額に青筋を浮かべたカティアの腕が、既に抜刀体勢。
一方、リリスも全力で魔力を纏い始め――バゴォォォン!!と言う音が響き渡る。
夜空に轟く爆音、氷と炎がぶつかり、草原の一部が吹き飛んでいる。
その様子を遠巻きに見ながら、一番理解していないゼロスはあたふたと目を見張った。
「ま、まずいですよ!止めないと、誰かが……っ!」
焦るゼロスの袖を引きながら、レイリアが苦笑を浮かべる。
「……ゼロス様、大丈夫ですよ」
「だ、だいじょうぶって、これはどう見ても――!」
「うん、いつものことだから平気」
さらっと言い放つレイリア。
ゼロスはその言葉を理解しきれずに呆然とする。
後ろでは母と魔族の少女が、かつてない激突を繰り広げているにも関わらず。
そんなゼロスに対し、ラグザールは肩を竦めて呟いた。
「姉貴も相変わらずあのグレイスって男にご執着で一番ひどいからなぁ……ったく、どっちが敵でどっちが味方か分からねぇな……」
「まあ、僕たち魔族と言うものは執着した相手にはとことん地獄まで追いかけまわす習性がありますから」
ゼイディスが笑顔で答えるに対し、ラグザールは頭を抱える。
同時に、ゼイディスがセリアに向かっていく姿はリリアとそっくりだなと思いながら。
そんな中でレイリアが静かに呟く。
「……まだ、ラグザールが一番常識人に見えるよねぇ」
そんな事を呟いていた事に、ゼロス以外は気づかず。
驚いた顔をしながらレイリアに目を向けていた姿があったと言う。


