世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。

第07話 最強一族、アルディナの地に降り立つ

 アルディナ王国、王都フィル=カーネ。
 元第一王女カティアの帰還から数日後、王都の社交界はなおもその話題で持ちきりだった。

「聞きまして? あのエルヴァーン家、皆さま武に秀でていらっしゃるそうですわ」
「まさか。あんなに上品そうなのに……」
「でも私、見ましたのよ! 長女のセリナ様が模擬戦で雷の刃を飛ばしていらっしゃるのを!」
「それって、あの《雷の魔女》ではなくて!?」

 噂は日ごとに熱を帯び、ついには王城主催の武術披露会へ、エルヴァーン家が招かれることにまでなった。

「我が国に、これほどの実力を持つ一族がいたとは……」

 ある宮廷騎士が、思わず剣の柄を握りしめながらつぶやく。

 王都の中庭に設けられた仮設訓練場。
 その中央では、剣士たちが入れ替わり立ち替わり模擬戦を披露していた。
 そして先陣を切ったのは、エルヴァーン家当主――グレイス・エルヴァーンである。

「おおおおおおおおおッ!」

 雄叫びとともに振り下ろされた大剣が、大地を激しく打つ。
 次の瞬間、石畳が砕け、土煙が高く舞い上がった。
 衝撃波に吹き飛ばされた騎士団の盾兵たちが、あちこちでごろごろと転がっていくのであった。

「まさか、英雄と謳われた【大剣の獅子】その人だったとは……!」

 見守っていた将軍たちが、呆然と声を漏らした。
 続いて前に出たのは、優雅なドレスをまとったカティア・エルヴァーン。
 元王女の登場にざわめきが広がる中、彼女は静かに槍を構え、風の魔力をまとわせる。

「――参りますわ」

 穏やかな一言の直後、突如として突風が吹き荒れた。
 槍の一閃とともに生じた風の渦が、模擬戦用の標的をまとめて空へ巻き上げ、そのまま粉々に砕いていく。
 王族関係者たちは、誰ひとり言葉を発することができなかった。

「母上……相変わらず、笑顔でえげつないわね」
「風で全部持っていかれたわ……本当に全部……」

 控えの席で、セリナとリヴィアが慣れた調子で小声を交わす。
 次に場へ進み出たのは、長女セリナ。
 白銀の剣を抜いたその瞬間、空気がぴんと張りつめた。
 足元を雷が奔り、青白い光が彼女の周囲に弧を描くように浮かび上がる。

「――《雷牙・刻断》」

 振るわれた一閃は、まるでそのものが雷光であったかのように空を裂いた。
 模擬戦用の巨大な魔獣模型を貫いた直後、一拍遅れて雷鳴と爆裂音が中庭に轟く。

「さすが、《雷の魔女》……!」
「まるで戦場そのものを支配しているようだ……」

 観衆のあちこちから、感嘆の息が漏れる。
 その視線を受けながら静かに剣を下ろすセリナの姿は、凛として美しかった。
 その後方で、にやりと笑ったのは次女リヴィアである。
 彼女の手には、美しい装飾が施された長弓が握られていた。

「ふふ、じゃあ次は私も遊んでこようかな」
「ほどほどにな」
「ええ、もちろん。ほどほどにね」

 笑顔でそう答えた直後、リヴィアが放った矢が、模擬戦用の複数の的を連続で貫いた。
 放たれた矢はすべて、寸分違わず中心を射抜いている。

「……あれが、《麗弓姫》……」
「弓兵の理想形だ。距離も角度も、風の揺らぎすら計算しているらしいぞ」

 貴族たちが目を見張る中、リヴィアは軽やかに弓を下ろした。
 そして最後に出場したのは、長男アレク・エルヴァーン。
 彼には家族ほど派手な技こそない。
 だが、何人もの兵士の猛攻を正面から受け止めきるという離れ業を、平然とやってのけた。

「無理ですって! あの盾、なんでびくともしないんですか!?」
「防御の壁というか……もはや城壁だろ、あれ!」

 彼の異名、《鉄壁の騎士》は伊達ではない。
 堅実で揺るがない守りは、それだけで人を圧倒する力を持っていた。
 弓を納めたリヴィアが、観客たちの歓声を背に振り返る。
 その視線の先で、雷の剣を鞘へ戻したセリナと目が合った。

「ねえ、姉様。せっかくだし、私たちもひと勝負しない?」

 弓越しににっと笑い、挑発するように言うリヴィア。
 セリナは少しだけ目を細め、涼やかに返した。

「あら、また気まぐれを起こしたの?」
「ちょっと身体を動かしたいだけよ。それに、ここの貴族たち、ずっと『セリナ様の剣技すごい』って騒いでるじゃない? たまには弓にも注目してもらわないと」
「……なるほど。つまり、見栄ね」
「うん、それでいいわ」

 開き直る妹に、セリナは小さく苦笑する。
 それでもすぐに静かに頷いた。

「――いいわ。受けてあげる」

 こうして、姉妹による模擬戦が始まることになった。
 中庭の空気が、再びぴりりと張りつめる。
 けれど当の本人たちは、どこまでも穏やかだ。
 試合開始の準備を進めながら、リヴィアがふと首を傾げた。

「ところで……レイリア、見てるのかしら?」

 観客席を見渡しながら、その姿を探す。
 すると、少し離れた日陰のベンチで、見覚えのある金の髪がふわりと揺れていた。

「あ、いたいた。レイリアー!応援してくれてもいいのよー!」

 手を振るリヴィアの声に、姉たちと同じく戦場に立つ気などまるでなさそうな末妹――レイリアが、うっすらとまぶたを開けた。

「んー……今、いいところだったのに……」
「寝てたの!?さっきまで見てたでしょ、私たちの活躍!」

 リヴィアが半ば呆れて声を上げる。
 だがレイリアはのんびりと身体を起こし、ふあと欠伸をした。

「ちゃんと見てたよ。雷がぴかってして、的がばらばらになって、兄様が壁になってた……でしょ?」
「いや、それ全部まとめて超ざっくり!」

 思わずリヴィアが突っ込むと、セリナが軽く咳払いして間に入った。

「いいのよ。レイリアらしいもの……でも、応援はしてくれる?」

 姉にそう言われれば、さすがのレイリアも無下にはできない。
 やれやれと肩をすくめ、小さく指を立てながら気のない声を上げる。

「はいはい。二人とも、がんばれー……」
「「声が小さい!」」

 ぴたりとそろった姉たちの返しに、レイリアは小さく笑った。
 そしてまたベンチに身を預け、ぼそりとつぶやく。

「……でもほんと、みんな元気だよねぇ。私なら一日一回戦ったら、あとはずっと寝てたいな……」

 その言葉が誰の耳に届いたのかは分からない。
 けれど、中庭の空には再び雷光と矢風が交差しようとしていた。
 最強姉妹による華やかな一戦が、いま幕を開ける。

「……あんなに派手な事よくやるよねぇ……私は見てるだけで疲れた……」

 レイリアはもう一度小さく欠伸をこぼした。
 そして、この場にいる誰もまだ知らない。
 誰もが称えるこの一家の中で、本当に最も恐ろしい存在が誰なのかを。

 ――それが、いまベンチで眠たげにしている少女、【拳姫】と呼ばれたレイリアであることをまだ誰も知らない。
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