フィオナの運命
嵐の夜
「どうぞ中へ。今、お飲物をお持ちしますね」
「ありがとうございます。どうぞお構いなく」
通された部屋も、上質の家具が並ぶ豪華な部屋だったが、先ほどの大広間に比べれば随分落ち着く。
「ソファへどうぞ。紅茶のお好みは?」
「いえ、あの。本当にお気遣いなく」
「そんなに固くならないで。俺はユーリといって、歳も君と大して変わらない。いきなり国王の前に連れて来られて、緊張したでしょう? もう大丈夫だよ」
優しく微笑みかけられ、フィオナは堪えていた涙が溢れた。
「すみません。ホッとしたら急に……」
「そうだよね。ほら、座って」
ユーリはフィオナの背中に手を添えて、ソファに座らせる。
自分も隣に座ると、フィオナの顔を覗き込んで笑いかけた。
「とにかくちょっと落ち着こう。スコーンは好き?」
「あ、はい」
「良かった。すぐに用意するから」
ユーリは立ち上がって隣の部屋に行くと、ティーポットやカップ、お皿を載せたワゴンを押して戻って来る。
「どうぞ。スコーンにはクロテッドクリームとジャムをお好みでつけてね。紅茶はダージリンでいいかな?」
「はい。ありがとうございます」
テーブルに並べられた美しい食器に、フィオナは目を輝かせた。
「なんてすてきなの……」
「ははは! 食器を見てもお腹はふくれないよ。ほら、冷めないうちにどうぞ」
ユーリがお皿にスコーンを載せ、クリームとジャムを入れた小皿を添える。
バラの柄のティーポットから紅茶をカップに注ぐと、ミルクやシュガーも勧めてくれた。
「ありがとうございます。本当にいただいてもよろしいのでしょうか?」
「もちろん。お口に合うといいんだけど」
「そんな、合わないなんてことありません」
「食べてみないと分からないよ? ほら、どうぞ」
「はい、いただきます」
フィオナはそっとティーカップを持ち上げて口元に運ぶ。
良い香りがして、思わず息を吸い込んだ。
ゆっくりと口をつけると、渋みのないまろやかな味わいのダージリンティーにうっとりする。
「なんて美味しいのかしら」
「それは良かった。スコーンも温かいうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
フィオナは緊張気味に、ピカピカの小さなスプーンでクリームをすくってスコーンに載せた。
ひと口食べて、思わず目を見開く。
フィオナの表情に、ユーリはまたしても笑い始めた。
「ははっ! 美味しそうに食べるね」
「はい、もう感動してしまって。こんなに美味しいものが世の中に存在するのですね」
「夢の中でしか食べたことがなかった?」
「夢の中では味がしませんでした」
「あはは! 君ってほんとに面白いこと言うなあ。えっと、そう言えばまだ名前を聞いてなかったね」
あ!と、フィオナは慌てて居住まいを正す。
「申し遅れました。わたくしはフィオナ・アーヴィングと申します」
「フィオナだね、よろしく」
「こちらこそ。よろしくお願いいたします、ユーリ様」
「ユーリでいいよ。俺も君と同じく、小さな村の出身なんだ」
「そうなのですか?」
村人が今は王宮で遣えているなんてと、フィオナは意外な気がした。
「幼い頃に父が亡くなって、母が住み込みの清掃係として王宮に雇ってもらったんだ。俺も母と一緒に掃除を手伝っているうちに、同い年のルシアス様が仲良く遊んでくださるようになって……。そのままルシアス様の側近としてそばに置いていただいているんだ」
「そうなのですね」
そのエピソードを聞いただけで、国王と王太子に対するイメージが変わる。
(村人を雇ってくださったのも、幼い子どもを抱えた未亡人を放っておけなかったからなのね。更にはそのまま王太子殿下の側近にまで……。慈悲深い方々なのだわ、国王陛下も王太子殿下も)
先ほどの謁見の間でのことを思い出す。
切羽詰ったように訴えられたが、決して強い力でねじ伏せられたりはしなかった。
そう思い返していると、またしても疑問が湧いてくる。
(国王陛下は、一体なんのお話をされていたのかしら。生命の、巫女? とか)
うつむいて考え込んでいると、ユーリが心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうかした? フィオナ」
「はい、あの。国王陛下のお言葉が、畏れながらまったく見当がつかなくて。わたくしはなぜここに呼ばれたのでしょうか」
するとユーリは、うーんと両腕を組む。
「本当になにも心当たりがないんだね。じゃあ今朝、子ヤギのケガを手当てしたというのは?」
「あ、それは確かに。ですが、脚を擦りむいて血が出ていた子ヤギに、薬を塗っただけなのです」
「そうなんだ……。失礼だけど、君のご両親は?」
「わたくしが5歳の時に両親とも亡くなりましたが、牧場を営む、ごく普通の村人でした」
「そうか」
しばらく考え込んだあと、ユーリは顔を上げてフィオナを見た。
「俺からはなにも言えないんだけど、なるべく君の望むようにするよ。やっぱり早く帰りたい?」
「はい、今すぐにでも」
「そうだよね。ルシアス様にもそれとなく話してみる。だけど、今すぐは無理かな。せめて数日間はここに留まってもらうことになると思う」
「そんな! あの、身体が不自由な祖母を一人残して来てしまったのです。祖母は寝たきりで、食事を作ることもできません。一刻も早く帰らないと」
「そうか。それなら俺が今から様子を見に行ってくるよ。ルシアス様に許可をもらったらすぐに向かうから、心配しないで」
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
フィオナはユーリに深く頭を下げた。
「ありがとうございます。どうぞお構いなく」
通された部屋も、上質の家具が並ぶ豪華な部屋だったが、先ほどの大広間に比べれば随分落ち着く。
「ソファへどうぞ。紅茶のお好みは?」
「いえ、あの。本当にお気遣いなく」
「そんなに固くならないで。俺はユーリといって、歳も君と大して変わらない。いきなり国王の前に連れて来られて、緊張したでしょう? もう大丈夫だよ」
優しく微笑みかけられ、フィオナは堪えていた涙が溢れた。
「すみません。ホッとしたら急に……」
「そうだよね。ほら、座って」
ユーリはフィオナの背中に手を添えて、ソファに座らせる。
自分も隣に座ると、フィオナの顔を覗き込んで笑いかけた。
「とにかくちょっと落ち着こう。スコーンは好き?」
「あ、はい」
「良かった。すぐに用意するから」
ユーリは立ち上がって隣の部屋に行くと、ティーポットやカップ、お皿を載せたワゴンを押して戻って来る。
「どうぞ。スコーンにはクロテッドクリームとジャムをお好みでつけてね。紅茶はダージリンでいいかな?」
「はい。ありがとうございます」
テーブルに並べられた美しい食器に、フィオナは目を輝かせた。
「なんてすてきなの……」
「ははは! 食器を見てもお腹はふくれないよ。ほら、冷めないうちにどうぞ」
ユーリがお皿にスコーンを載せ、クリームとジャムを入れた小皿を添える。
バラの柄のティーポットから紅茶をカップに注ぐと、ミルクやシュガーも勧めてくれた。
「ありがとうございます。本当にいただいてもよろしいのでしょうか?」
「もちろん。お口に合うといいんだけど」
「そんな、合わないなんてことありません」
「食べてみないと分からないよ? ほら、どうぞ」
「はい、いただきます」
フィオナはそっとティーカップを持ち上げて口元に運ぶ。
良い香りがして、思わず息を吸い込んだ。
ゆっくりと口をつけると、渋みのないまろやかな味わいのダージリンティーにうっとりする。
「なんて美味しいのかしら」
「それは良かった。スコーンも温かいうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
フィオナは緊張気味に、ピカピカの小さなスプーンでクリームをすくってスコーンに載せた。
ひと口食べて、思わず目を見開く。
フィオナの表情に、ユーリはまたしても笑い始めた。
「ははっ! 美味しそうに食べるね」
「はい、もう感動してしまって。こんなに美味しいものが世の中に存在するのですね」
「夢の中でしか食べたことがなかった?」
「夢の中では味がしませんでした」
「あはは! 君ってほんとに面白いこと言うなあ。えっと、そう言えばまだ名前を聞いてなかったね」
あ!と、フィオナは慌てて居住まいを正す。
「申し遅れました。わたくしはフィオナ・アーヴィングと申します」
「フィオナだね、よろしく」
「こちらこそ。よろしくお願いいたします、ユーリ様」
「ユーリでいいよ。俺も君と同じく、小さな村の出身なんだ」
「そうなのですか?」
村人が今は王宮で遣えているなんてと、フィオナは意外な気がした。
「幼い頃に父が亡くなって、母が住み込みの清掃係として王宮に雇ってもらったんだ。俺も母と一緒に掃除を手伝っているうちに、同い年のルシアス様が仲良く遊んでくださるようになって……。そのままルシアス様の側近としてそばに置いていただいているんだ」
「そうなのですね」
そのエピソードを聞いただけで、国王と王太子に対するイメージが変わる。
(村人を雇ってくださったのも、幼い子どもを抱えた未亡人を放っておけなかったからなのね。更にはそのまま王太子殿下の側近にまで……。慈悲深い方々なのだわ、国王陛下も王太子殿下も)
先ほどの謁見の間でのことを思い出す。
切羽詰ったように訴えられたが、決して強い力でねじ伏せられたりはしなかった。
そう思い返していると、またしても疑問が湧いてくる。
(国王陛下は、一体なんのお話をされていたのかしら。生命の、巫女? とか)
うつむいて考え込んでいると、ユーリが心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうかした? フィオナ」
「はい、あの。国王陛下のお言葉が、畏れながらまったく見当がつかなくて。わたくしはなぜここに呼ばれたのでしょうか」
するとユーリは、うーんと両腕を組む。
「本当になにも心当たりがないんだね。じゃあ今朝、子ヤギのケガを手当てしたというのは?」
「あ、それは確かに。ですが、脚を擦りむいて血が出ていた子ヤギに、薬を塗っただけなのです」
「そうなんだ……。失礼だけど、君のご両親は?」
「わたくしが5歳の時に両親とも亡くなりましたが、牧場を営む、ごく普通の村人でした」
「そうか」
しばらく考え込んだあと、ユーリは顔を上げてフィオナを見た。
「俺からはなにも言えないんだけど、なるべく君の望むようにするよ。やっぱり早く帰りたい?」
「はい、今すぐにでも」
「そうだよね。ルシアス様にもそれとなく話してみる。だけど、今すぐは無理かな。せめて数日間はここに留まってもらうことになると思う」
「そんな! あの、身体が不自由な祖母を一人残して来てしまったのです。祖母は寝たきりで、食事を作ることもできません。一刻も早く帰らないと」
「そうか。それなら俺が今から様子を見に行ってくるよ。ルシアス様に許可をもらったらすぐに向かうから、心配しないで」
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
フィオナはユーリに深く頭を下げた。