フィオナの運命
(どうしよう、思ったよりも闇が深いわ)

フィオナは峠道を登りながら、なんて無謀なことをしようとしているのかと今更ながら怖くなる。

だが引き返すつもりはなかった。

(なんとしても帰らなければ)

その一心で、ひたすら前へと進んだ。

雨で全身はびしょ濡れ。

春とはいえ、冷え切った身体に震えが止まらなくなった。

それでも月明かりに目を凝らし、足元を確かめながら、ぬかるみを避けて歩いて行く。

しばらくすると、フィオナはただならぬ雰囲気を察して立ち止まった。

(なにかしら)

自分の周りをぐるりと取り囲むような不穏な空気に、緊張感が一気に高まる。

やけに静かなのが更に不気味だった。

神経を研ぎ澄ましながらゴクリと喉を鳴らした時、闇を切り裂くようになにかが飛びかかってきて、咄嗟に避けたフィオナは地面に倒れ込む。

ザバッと水たまりに身体を打ちつけたが、身体よりも心が凍りついた。

いつの間にかフィオナは、四方をオオカミに囲まれていた。

(どうしよう、なにも持っていないのに)

たいまつさえ持たずに嵐の夜に峠に入るなど、オオカミに襲われることは目に見えていたはず。

後悔しても遅いが、そんなことを考えている場合ではない。

フィオナは手探りで木の枝を拾うと、飛びかかってきたオオカミに向かって振りかざす。

だがそれも風前のともしび。

そんなことでこの場をしのげるはずもなかった。

ガルルと低い声でうなったオオカミが、フィオナに飛びかかる。

もうだめだと覚悟して、ギュッと目を閉じた時だった。

なにかの衝撃を感じて身を固くしたフィオナの身体が、ふわりと宙に舞う。

痛みを感じるどころか、守られるような温かさに包まれて、恐る恐る目を開けた。

(え?)

気がつくとギュッと誰かに抱きしめられたまま、フィオナは馬の上にいた。

「無事か?」

声をかけられて顔を上げる。

「王太子殿下!?」

ルシアスは背後から追いかけてくるオオカミをかわしながら、馬を駆る。

「しっかり掴まっていろ」
「はい!」

振り落とされまいと、フィオナも必死でルシアスの身体に腕を回した。

その時、追いついたオオカミが飛びかかってきて、フィオナは思わず目をつぶる。

するとルシアスが剣を鞘から引き抜き、素早く逆手に持ち替えると、柄でオオカミの鼻先を打った。

ギャン!とオオカミが悲鳴を上げて地面に倒れる。

スピードを上げてひたすら走り続けると、ようやくオオカミの姿は見えなくなった。

ルシアスは手綱を緩めて速度を落とし、フィオナの顔を覗き込む。

「なぜこんな無茶なことをした?」
「申し訳ありません。飼っている馬のお産が始まったようで、どうしても帰りたくて……」

え?と、ルシアスは眉根を寄せた。

「誰かがそなたに知らせたのか? 馬のお産が始まったと」
「いえ。ですが、その……。信じていただけないのは承知の上ですが、間違いなくそう思ったのです」

ルシアスは考える素振りのあと手綱を引き、馬を完全に止めた。

(怒られる)

そう感じてフィオナが身をすくめていると、ルシアスは着ていたマントを外して、ふわっとフィオナに羽織らせた。

「え? あの……」
「着ていろ、身体が冷える」
「ですが、王太子殿下のお身体が……」
「つべこべ言うな。急ぐぞ」

そう言うとハッと手綱をさばいて、ルシアスは再び馬を走らせ始めた。
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