フィオナの運命
「殿下、殺風景な所で申し訳ありませんがどうぞお入りください。今、部屋を暖めますね」
「ありがとう」
メルと子馬の様子が落ち着くと、フィオナはルシアスを小屋へと案内した。
ルシアスは暖炉の前の椅子に座り、フィオナに手渡された布で身体を拭く。
「お風邪を召されませんように。すぐに温かいスープを作ってまいります」
そう言ってフィオナがその場を去ると、ベッドに横たわっていたマーサがゆっくりと口を開いて、ルシアスに声をかけた。
「申し訳ございません、王太子殿下」
え?とルシアスは顔を上げる。
「なぜそなたが私に詫びるのだ?」
「……我々の先祖の行いが、なんの罪もない殿下までも苦しめることになるとは。そして私では、殿下と国王陛下の苦しみを解くことができないのです。本当に申し訳ありません」
ルシアスは、ハッと目を見開いた。
「もしや、そなたは知っているのか? 王家の呪いのことを」
「もちろんでございます」
「それでは、そなたの家系はやはり……」
マーサはゆっくりと頷く。
「はい、シャーマンの血を引く家系であります。ですがフィオナは、そのことを知りません。自分に力があることにも気づいてはおりません」
「なぜだ? どういうことなのか、詳しく聞かせてほしい」
身を乗り出すルシアスに、マーサは静かに語り始めた。
「神と人間の仲介者と言われる我々シャーマンには、代々受け継がれる力があります。私やフィオナの先祖は、命を繋ぐ役目を与えられました。光り輝く純粋な魂が悪の力で奪われることがないよう、命を繋ぎとめる『生命の巫女』としての力を授けられたのです。ですがそれは自らの生命力を削り、他者へと分け与える禁断の奉仕の力でもありました」
「自らの、生命力を?」
「はい。己の寿命を代償に奇跡を起こすというその力によって、我々一族は過酷な運命へと導かれました。誰かを助ければ、自らの命を縮めてしまう。そうと分かっていても、我々は救いの手を差し伸べることをやめませんでした。それが神に力を与えられた自分達の使命、受け入れるべき運命なのだからと」
壮絶な話に、ルシアスはなにも言葉が出てこない。
「フィオナの父と母も、己を犠牲にして多くの人々の命を救ってきました。私の夫であるフィオナの祖父も。私だけは……。命が尽きる前に身体が不自由になり、動くことができなくなりました。誰かを救うこともできずに、残された寿命が少しずつ減っていくのを待つばかりの身です。一族の末裔として情けなく、恥ずかしい」
ルシアスは即座に首を振った。
「それは違う。あなたは彼女にとって、唯一の心の支えであるはずだ」
マーサは驚いたように目を見開いた。
「彼女の為に生きよ。あなただけが彼女に、生きる希望と力を与えられる。それこそがあなたの運命だ」
「……殿下」
唇を震わせたマーサの目から、涙が溢れる。
「我々の一族が王家の方々を苦しめているというのに、あなた様はなんと慈悲深くいらっしゃるのか……。どれだけ謝罪をしても、どれだけ感謝をしても、足りません。本当に申し訳なく、ありがたいことでございます」
やがて首元に手をやると、マーサは服の中に隠していた水晶の首飾りを外して、ルシアスに差し出した。
「これは?」
透き通るような美しい水晶に、ルシアスはしばし見とれる。
「祖先から受け継がれてきた、神からの授かりものです。なにも知らないフィオナには渡さずに、黙っているつもりでした。ですが、ルシアス王太子殿下。どうかあなた様が受け取っていただけませんか?」
「それはできない。私はシャーマンの血筋ではないのだから」
「私の命はあとわずか。一人残されるフィオナにとって、この水晶がいつか必要になる時がくるかもしれません。どうかその時の為に。畏れ多くもこの国の次期国王となられるあなたに、無礼を承知でお願いいたします」
「……分かった」
ルシアスが右手を差し出すと、マーサは水晶の首飾りをその手のひらに載せてから、ルシアスの手をしっかりと握りしめる。
次の瞬間。
ルシアスは繋がれた手から、温かい力が注ぎ込まれるのを感じて息を呑んだ。
(これは、一体?)
ほのかな光と共に、なにかが身体中に広がっていく。
まるで細胞のひとつひとつに、命が吹き込まれるかのように。
やがて徐々に光がおさまり、マーサが手を離す。
己の身体に力がみなぎるのを感じて、思わずルシアスは大きく息を吸った。
「ルシアス様。どうかフィオナを、よろしくお願いいたします」
そう言って視線を伏せたマーサの声は、明らかに弱々しくなっていた。
「どうした?」
心配して顔を覗き込んだ時、「お待たせいたしました」とフィオナが戻って来た。
「ありがとう」
メルと子馬の様子が落ち着くと、フィオナはルシアスを小屋へと案内した。
ルシアスは暖炉の前の椅子に座り、フィオナに手渡された布で身体を拭く。
「お風邪を召されませんように。すぐに温かいスープを作ってまいります」
そう言ってフィオナがその場を去ると、ベッドに横たわっていたマーサがゆっくりと口を開いて、ルシアスに声をかけた。
「申し訳ございません、王太子殿下」
え?とルシアスは顔を上げる。
「なぜそなたが私に詫びるのだ?」
「……我々の先祖の行いが、なんの罪もない殿下までも苦しめることになるとは。そして私では、殿下と国王陛下の苦しみを解くことができないのです。本当に申し訳ありません」
ルシアスは、ハッと目を見開いた。
「もしや、そなたは知っているのか? 王家の呪いのことを」
「もちろんでございます」
「それでは、そなたの家系はやはり……」
マーサはゆっくりと頷く。
「はい、シャーマンの血を引く家系であります。ですがフィオナは、そのことを知りません。自分に力があることにも気づいてはおりません」
「なぜだ? どういうことなのか、詳しく聞かせてほしい」
身を乗り出すルシアスに、マーサは静かに語り始めた。
「神と人間の仲介者と言われる我々シャーマンには、代々受け継がれる力があります。私やフィオナの先祖は、命を繋ぐ役目を与えられました。光り輝く純粋な魂が悪の力で奪われることがないよう、命を繋ぎとめる『生命の巫女』としての力を授けられたのです。ですがそれは自らの生命力を削り、他者へと分け与える禁断の奉仕の力でもありました」
「自らの、生命力を?」
「はい。己の寿命を代償に奇跡を起こすというその力によって、我々一族は過酷な運命へと導かれました。誰かを助ければ、自らの命を縮めてしまう。そうと分かっていても、我々は救いの手を差し伸べることをやめませんでした。それが神に力を与えられた自分達の使命、受け入れるべき運命なのだからと」
壮絶な話に、ルシアスはなにも言葉が出てこない。
「フィオナの父と母も、己を犠牲にして多くの人々の命を救ってきました。私の夫であるフィオナの祖父も。私だけは……。命が尽きる前に身体が不自由になり、動くことができなくなりました。誰かを救うこともできずに、残された寿命が少しずつ減っていくのを待つばかりの身です。一族の末裔として情けなく、恥ずかしい」
ルシアスは即座に首を振った。
「それは違う。あなたは彼女にとって、唯一の心の支えであるはずだ」
マーサは驚いたように目を見開いた。
「彼女の為に生きよ。あなただけが彼女に、生きる希望と力を与えられる。それこそがあなたの運命だ」
「……殿下」
唇を震わせたマーサの目から、涙が溢れる。
「我々の一族が王家の方々を苦しめているというのに、あなた様はなんと慈悲深くいらっしゃるのか……。どれだけ謝罪をしても、どれだけ感謝をしても、足りません。本当に申し訳なく、ありがたいことでございます」
やがて首元に手をやると、マーサは服の中に隠していた水晶の首飾りを外して、ルシアスに差し出した。
「これは?」
透き通るような美しい水晶に、ルシアスはしばし見とれる。
「祖先から受け継がれてきた、神からの授かりものです。なにも知らないフィオナには渡さずに、黙っているつもりでした。ですが、ルシアス王太子殿下。どうかあなた様が受け取っていただけませんか?」
「それはできない。私はシャーマンの血筋ではないのだから」
「私の命はあとわずか。一人残されるフィオナにとって、この水晶がいつか必要になる時がくるかもしれません。どうかその時の為に。畏れ多くもこの国の次期国王となられるあなたに、無礼を承知でお願いいたします」
「……分かった」
ルシアスが右手を差し出すと、マーサは水晶の首飾りをその手のひらに載せてから、ルシアスの手をしっかりと握りしめる。
次の瞬間。
ルシアスは繋がれた手から、温かい力が注ぎ込まれるのを感じて息を呑んだ。
(これは、一体?)
ほのかな光と共に、なにかが身体中に広がっていく。
まるで細胞のひとつひとつに、命が吹き込まれるかのように。
やがて徐々に光がおさまり、マーサが手を離す。
己の身体に力がみなぎるのを感じて、思わずルシアスは大きく息を吸った。
「ルシアス様。どうかフィオナを、よろしくお願いいたします」
そう言って視線を伏せたマーサの声は、明らかに弱々しくなっていた。
「どうした?」
心配して顔を覗き込んだ時、「お待たせいたしました」とフィオナが戻って来た。