あなたが白制服に着替えたら、それが恋のはじまり
大切な人がいなくなる



「そうか……お互いに辛かったね」

園の掃除の時間だった。夏帆は真希に今までのことを報告していた。真希は表情が暗い夏帆を心配しており、最後まで静かに話を聞いていた。

「夏帆も悪くない。成瀬さんは待ってくれてるんだしさ。心の整理をする時間をもらいなよ」

「……うん」

「一番は成瀬さんと一緒になることだよ。夏帆が自信をもって、その選択をできるといいね」

「せっかく成瀬さんの気持ちが分かったのに……どうしてこう上手くいかないんだろう」

「仕方ないよ。夏帆は待つ人が帰らない怖さを体験しているんだから。自分を責めないで」

「うん……」

理屈で整理がつくことなら簡単だった。しかし過去の感情の乱れは、どうにも理屈では太刀打ちできなかった。一日でも早く、夏帆の気持ちが整理されることを待つだけだった。



夏帆が返事が出せずに一週間が過ぎようとしていた。

(成瀬さんを待つ一日はあんなに長かったのに。
 答えが出ないままもう金曜日)

夏帆なりに頭の整理をしてきたが時間はあっという間に過ぎ去り、気が付けばウィークエンドになっていた。

「夏帆先生。お外で遊びたい!」
誠くんがそうお願いしてきた。
「今日は雨の予報なんだよね」
夏帆は天気を見るため窓から外をのぞいた。空は灰色の曇天だった。

季節は夏から秋に変っていた。ここは八月のお盆が過ぎると途端に気温が下がる。山おろしの風が冷気を帯びるため長袖が登場する時期だ。そして季節の変わり目の天候が乱れる日も多くなるのだ。

「小雨が降ってるかな」
夏帆が窓から手を出すと雨はまだ降ってはいなかった。
「よし。雨が降る前にお外で遊ぼうか」
「わーい! 今日はてつぼうやるぅー」
誠くんは一番で園庭へとかけて行った。

「ヘリコプターが飛んでるー。かっこいいー」

誠くんが空に向かって指をさした。夏帆は重たくなる胸を感じて、ゆっくりと空を見上げた。するとプロペラの音が聞こえ、灰色の空を一台のヘリが北に向かって飛んでゆくのが見えた。今はそれをみていると切なくなってしまう。
夏帆の頬にぽつぽつと雨粒が落ちたのを感じた。

「雨だ」

夏帆は急いでみんなに声をかけた。

「雨が降ってきたから教室に入りますよー」
「はーい」
子供たちの元気な返事が返ってきた。夏帆はおもちゃを拾いながら屋内へと退避した。そしてなぜか気になった空にもう一度視線を向けるのだった。



「結婚式の招待状、受け取ってくれる?」

真希らしくない控えめな声で夏帆にそう言ってきた。真希の手には封書が握られている。その表書きには両家の名が印刷されていた。ここは仕事終わりの更衣室。真希が結婚式の招待状を夏帆に渡そうとしていた。

「結婚式が決まったのね。真希、よかったね!」

夏帆はほっこりと笑った。友達期間が長かった真希と碧人はようやく結婚の日取りを決めたのだ。夏帆は招待状を受け取るとしんみりと言った。

「いよいよ二人は家族になるんだね……」

「うん、友達でも恋人でもない変な気持ちだね」 

「幸せになるんだよ。真希」

「うん……夏帆は辛いときなのに、なんか、ごめん……」

「気を遣わせたね。私は大丈夫だから。真希は自分の幸せだけ考えてね」

「ありがとう。ねえ夏帆、今日は久々に飲みに行っちゃう?」

「それもいいね。ん? お父さんからメールだ」

夏帆のスマホから着信がなり、めずらしく父の佳孝からのメールであった。

「なんだろう」

夏帆は気軽な気持ちでそれをタップした。そして画面を読み込んだあと、数秒間フリーズしてしまった。

「夏帆?」

真希が上着を脱ぎながら訊ねた。しかし何の反応もなく、代わりに夏帆の顔からは血の気が引いていった。そして倒れそうになりロッカーに寄りかかった。

「ちょっとどうしたの。夏帆?」

とっさに真希が夏帆の腕を取り身体を支えた。夏帆の目はまるで恐怖をみているように怯えていた。そしてゆっくりと震える声で呟く。

「成瀬さんを乗せたヘリが… …行方不明だって」









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