祝福のあとで

 ピンポーン。

 今度は、
 はっきりとした音。

 ——インターホン。

 ひかりは、
 ブランケットを肩まで引き上げたまま、
 ゆっくりと上半身を起こした。

 直がコンビニに向かってから、
 そんなに時間は経っていない。

 それなのに、
 この音が鳴る理由が、
 どうしても思いつかなかった。

 ピンポーン

 ひかりは、
 ベッドを降りると、
 裸足のまま寝室を出る。

 ブランケットを体に巻きつけたまま、
 足音を抑えて廊下を進む。

 インターホンのモニターに、
 そっと視線を向ける。

 そこに映っていたのは、
 見覚えのある顔だった。

 落ち着いた色のコート。
 きれいに整えられた髪。

 由里。

 ひかりの胸が、
 小さく跳ねる。

 ——どうして。

 出ていいのか、
 出ない方がいいのか。

 考える間もなく、
 モニターの端に、
 もう一つ人影が映り込んだ。

 直だった。

 買い物袋を片手に、
 由里の横に立っている。

 二人は、
 モニター越しでは声は聞こえないけれど、
 短い言葉を交わしているのが分かる。

 由里が、
 何かを説明するように手を動かし、
 直が小さく頷く。

 それだけ。

 それだけなのに。

 ひかりの胸の奥に、
 言葉にならないものが、
 ふっと滲んだ。

 嫌だとか、
 疑うとか、
 そういう感情じゃない。

 ただ、
 自分の知らないやり取りが、
 目の前で進んでいるという事実。

 その感覚を整理する前に、
 寝室の方から、
 スマートフォンの着信音が鳴った。

 ひかりは、
 はっとして引き返す。

 画面には、
 直の名前。

 通話ボタンを押すと、
 すぐに声が聞こえた。

「ごめん。
 今、大丈夫?」

「……うん」

 自分の声が、
 少しだけ低くなっている。

「律に頼まれてさ。
 由里さんが、ちょっと物を取りに来ただけなんだけど」

 

「今から、
 少しだけ上がってもらってもいい?」

 確認。

 ちゃんと、
 ひかりに向けられた言葉。

 ひかりは、
 ブランケットを握りしめながら、
 ゆっくり息を吐いた。

「……うん。
 大丈夫」

 そう答えた自分に、
 少しだけ驚きながら。

「ありがとう。
 すぐ終わるから」

 通話が切れる。

 ひかりは、
 しばらくその場に立ったまま、
 画面の暗くなったスマートフォンを見つめていた。

 モヤっとした感覚は、
 まだ胸の奥にある。

 でも、
 それは不安じゃない。

 ただ、
この関係が、
少しずつ“重なっていく場所”に
足を踏み入れたのだと、
静かに理解しただけだった。

ひかりは、
その感覚を胸の奥に置いて、
もう一度深く息を吸った。
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