祝福のあとで
もう何度目かわからない直の家に泊まった日のこと。
目が覚めたとき、
直は、まだ隣にいた。
カーテンの隙間から差し込む光が、
シーツの白をやわらかく照らしている。
ひかりは、身動きせずにその横顔を見た。
寝ているときの直は、
少しだけ無防備で、静かだった。
昨夜のことが、
夢だったみたいに遠い。
「……起きた?」
先に気づいたのは、直だった。
「うん」
ひかりは、小さく答える。
直は、体を起こしもせず、
天井を見たまま言った。
「最近、忙しそうだけど」
「無理してない?」
その聞き方が、
どこか懐かしかった。
バーで、
誰かの話を聞くときの声。
距離を保ったまま、
相手の状態だけを確かめる、あの感じ。
「仕事は多いけど……」
ひかりは言葉を選ぶ。
「大丈夫だよ」
「そっか」
直は、それ以上聞かなかった。
踏み込まない。
深追いしない。
それが優しさだと、
分かっているはずなのに。
ひかりは、
胸の奥が少しだけ冷えるのを感じた。
「そういえば」
ひかりは、間を埋めるように続ける。
「由里さんに、誘われたんだ」
直の視線が、
一瞬だけひかりに向く。
「式が終わったら、
二人で飲みに行こうって」
ただの報告。
仕事の延長の話。
それなのに、
直はすぐに言葉を返さなかった。
「……そうなんだ」
低く、静かな声。
感情は、読めない。
ひかりは、
その“読めなさ”に、妙に引っかかった。
「いい人だよね」
由里の名前を出すとき、
なぜか、少しだけ勇気が要った。
「うん」
短い返事。
そのとき。
ひかりは、気づいてしまった。
直が、
仕事の話をするときの顔をしていることに。
余計な感情を出さない。
相手の言葉を、そのまま受け取る。
——また、この顔だ。
バーで何度も見てきた表情。
安心できるはずなのに、
今日は、違って見えた。
由里の話をしている直は、
どこか、距離を置いたままだった。
ひかりは、
その距離が自分に向いているのか、
それとも、別の誰かに向いているのか、
分からなくなった。
私は、
好きだと言われたことがない。
この関係を、
言葉で確かめたこともない。
由里は、
直と過去を知っていて。
同じ仕事の話ができて。
自然に誘える距離にいる。
——まだ、籍は入れていない。
ひかりは、
その事実を、思い出してしまった。
それだけで、
十分だった。
直が誰を想っているのか、
本当のところは分からない。
でも。
自分が、
その答えを聞く役じゃない気がした。
「……ねえ」
ひかりは、
少しだけ間を置いてから言った。
「今日も、泊まっていい?」
直は、驚いたようにこちらを見て、
すぐに頷いた。
「うん」
その返事は、
いつもと変わらない。
だからこそ。
ひかりは、
この夜を“最後”にしようと、
心のどこかで決めていた。
選ばれなかったわけじゃない。
ただ、
選ばれる前に、身を引くだけ。
ひかりは、
何も言わずにシーツを整えながら、
静かにそう思っていた。
目が覚めたとき、
直は、まだ隣にいた。
カーテンの隙間から差し込む光が、
シーツの白をやわらかく照らしている。
ひかりは、身動きせずにその横顔を見た。
寝ているときの直は、
少しだけ無防備で、静かだった。
昨夜のことが、
夢だったみたいに遠い。
「……起きた?」
先に気づいたのは、直だった。
「うん」
ひかりは、小さく答える。
直は、体を起こしもせず、
天井を見たまま言った。
「最近、忙しそうだけど」
「無理してない?」
その聞き方が、
どこか懐かしかった。
バーで、
誰かの話を聞くときの声。
距離を保ったまま、
相手の状態だけを確かめる、あの感じ。
「仕事は多いけど……」
ひかりは言葉を選ぶ。
「大丈夫だよ」
「そっか」
直は、それ以上聞かなかった。
踏み込まない。
深追いしない。
それが優しさだと、
分かっているはずなのに。
ひかりは、
胸の奥が少しだけ冷えるのを感じた。
「そういえば」
ひかりは、間を埋めるように続ける。
「由里さんに、誘われたんだ」
直の視線が、
一瞬だけひかりに向く。
「式が終わったら、
二人で飲みに行こうって」
ただの報告。
仕事の延長の話。
それなのに、
直はすぐに言葉を返さなかった。
「……そうなんだ」
低く、静かな声。
感情は、読めない。
ひかりは、
その“読めなさ”に、妙に引っかかった。
「いい人だよね」
由里の名前を出すとき、
なぜか、少しだけ勇気が要った。
「うん」
短い返事。
そのとき。
ひかりは、気づいてしまった。
直が、
仕事の話をするときの顔をしていることに。
余計な感情を出さない。
相手の言葉を、そのまま受け取る。
——また、この顔だ。
バーで何度も見てきた表情。
安心できるはずなのに、
今日は、違って見えた。
由里の話をしている直は、
どこか、距離を置いたままだった。
ひかりは、
その距離が自分に向いているのか、
それとも、別の誰かに向いているのか、
分からなくなった。
私は、
好きだと言われたことがない。
この関係を、
言葉で確かめたこともない。
由里は、
直と過去を知っていて。
同じ仕事の話ができて。
自然に誘える距離にいる。
——まだ、籍は入れていない。
ひかりは、
その事実を、思い出してしまった。
それだけで、
十分だった。
直が誰を想っているのか、
本当のところは分からない。
でも。
自分が、
その答えを聞く役じゃない気がした。
「……ねえ」
ひかりは、
少しだけ間を置いてから言った。
「今日も、泊まっていい?」
直は、驚いたようにこちらを見て、
すぐに頷いた。
「うん」
その返事は、
いつもと変わらない。
だからこそ。
ひかりは、
この夜を“最後”にしようと、
心のどこかで決めていた。
選ばれなかったわけじゃない。
ただ、
選ばれる前に、身を引くだけ。
ひかりは、
何も言わずにシーツを整えながら、
静かにそう思っていた。