祝福のあとで
その夜も、
 Bar Afterは静かだった。

 いつものカウンター。
 いつものグラス。
 直は、いつもの位置に立っている。

 変わらない光景。

 だからこそ、
 ひかりは思った。

 ——今日でいい。

 グラスに口をつけてから、
 ひかりはゆっくり言った。

「……直」

 名前を呼ぶと、
 直はすぐに顔を上げた。

「どうした?」

 仕事じゃない声。

 それが、
 少しだけ、胸に刺さる。

 ひかりは、
 グラスを置いた。

「話したいことがあって」

 直は何も言わず、
 カウンターの内側から、
 ひかりを見る。

 逃げない視線。

 ひかりは、
 それに耐えるように続けた。

「私たち」


「少し、距離を置こう」

 言葉は、
 ちゃんと口から出た。

 震えていなかった。

 直の動きが、
 一瞬だけ止まる。

「……距離?」

 確認するみたいな声。

 ひかりは頷いた。

「うん」

「理由は?」

 直は、
 すぐにそう聞いた。

 責めるでもなく、
 詰めるでもなく。

 ただ、
 必要なことを確かめる声。

 ひかりは、
 少しだけ視線を落とした。

「自分の気持ちを、
 ちゃんと整理したくて」

 嘘ではない。
 でも、
 全部でもない。

「今のままじゃ、
 前に進めない気がする」

 直は、
 すぐには返事をしなかった。
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