祝福のあとで
ひかりは、
直から視線を外したまま言った。
「……本当は」
「行かなきゃいけないところ、
あるんじゃないですか」
直は、
すぐには意味を掴めなかった。
「……?」
ひかりは、
チャペルの奥を見つめたまま、
続ける。
「由里さんとか」
名前を出す声は、
思っていたよりも静かだった。
「今日は、
直さん、親族席にいたし」
理由を並べるみたいに。
「挨拶とか、
一緒にいる方がいいんじゃないかなって」
直は、
一瞬だけ眉を寄せる。
それは、
戸惑いの表情だった。
「……なんで、由里さん?」
ひかりは、
その問いに少しだけ困ったように笑う。
「だって」
言葉を選ぶ。
「大事な人、ですよね」
祝福の言葉みたいに聞こえるのに、
どこかで、
線を引いている。
直は、
ようやく気づく。
ひかりが言っているのは、
“今日の段取り”の話じゃない。
もっと前から、
もっと深いところの話だ。
「ひかり」
名前を呼ぶ声が、
少しだけ低くなる。
でも、
ひかりは首を振った。
「大丈夫です」
先回りするように。
「今日は、
ちゃんと“選ばれた人たち”の日だから」
——私は、そこじゃない。
その続きを、
言葉にはしなかった。
直は、
一歩近づこうとして、
止まる。
触れたら、
壊してしまいそうだったから。
「……それで、
俺がここに来ちゃいけないってこと?」
問いは静かだった。
責めるでもなく、
縋るでもなく。
ひかりは、
少しだけ迷ってから答える。
「そうじゃないです」
「ただ……」
視線を上げて、
直を見る。
「直さんが、
行きたい場所を、
間違えないでほしいだけです」
それは、
直の幸せを願っているようで。
同時に、
自分を選択肢から外す言葉だった。
チャペルの鐘が、
遠くで一度だけ鳴る。
直は、
その音を聞きながら思う。
——ああ。
この人は、
もう、
離れる準備をしている。