祝福のあとで
 直は、
 しばらく何も言わなかった。

 言葉を探しているというより、
 どこから話すべきか、
 順番を確かめている沈黙だった。

「……言わなかったのは」

 低く、
 落ち着いた声。

「言えなかった、とは違う」

 ひかりは、
 小さく瞬きをする。

 直は、
 視線を外したまま続けた。

「言おうと思えば、
 いつでも言えた」

 事実を述べるみたいに。

「でも、
 言葉にした瞬間に」

 一拍。

「ひかりを、
 “選ばせる”気がした」

 その言い方は、
 責任から逃げるものじゃなかった。

 むしろ、
 抱え込もうとする人の声だった。

「仕事も一緒で、
 距離も近くて」

「それで、
 好きだって言ったら」

 直は、
 初めてひかりを見る。

「ひかりは、
 ちゃんと断れる人だから」

 ひかりの胸が、
 きゅっと縮む。

「断らせる形で、
 気持ちを置きたくなかった」

 それは、
 優しさでもあり、
 不器用さでもあった。

 ひかりは、
 何も言えずに聞いている。

「だから」

 直は、
 静かに息を吐く。

「一緒にいる時間が、
 答えになればいいって、
 勝手に思ってた」

 ——勝手に。

 その言葉が、
 ひかりの中に残る。

「名前をつけなくても」

「確認しなくても」

「それでも、
 ちゃんと分かってもらえてるって」

 ひかりは、
 思わず口を開いた。

「……分かってる、って?」

 直は、
 少しだけ困ったように笑う。

「そこが、
 一番の勘違いだったんだと思う」

 責める調子は、
 一切なかった。

 自分を振り返る声だった。

「俺は、
 言葉を使わなかった」

「ひかりは、
 言葉がないまま、
 全部受け取ろうとした」

 ひかりの喉が、
 少しだけ詰まる。

「それで」

 直は、
 続ける。

「由里さんのことが出てきた時、
 ひかりは」

 言葉を選ぶ。

「“自分が選ばれてない理由”を、
 そこに置いたんだと思う」

 ひかりは、
 何も否定できなかった。

 その通りだったから。

 直は、
 最後にこう言った。

「俺は、
 由里さんを理由にしたことはない」

「でも」

 一瞬だけ、
 声が低くなる。

「ひかりが、
 そう思うようにさせたのは、
 俺だ」

 チャペルの静けさが、
 二人を包む。

 鐘の音も、
 足音もない。

 ただ、
 過去のすれ違いだけが、
 ゆっくり言葉になっていく。

 ひかりは、
 ようやく気づく。

 直は、
 “好きじゃなかった”わけじゃない。

 “好きだと言わなかった”だけ。

 その違いが、
 こんなにも重かったなんて。

 ひかりは、
 小さく息を吸った。

 ——じゃあ。

 ——私は、
 どうして離れたんだろう。

 その問いが、
 ようやく、
 自分に向き始めていた。
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