祝福のあとで
 直は、
 静かに口を開く。

「……由里さんのことは」

 一度だけ、
 視線を逸らしてから。

「過去だよ」

 ひかりの胸が、
 小さく揺れる。

 でも、
 直は続けた。

「確かに、
 昔、気持ちが動いたことはあった」

 隠さない。
 でも、
 曖昧にも濁さない。

「言葉にしなかったのは」

「誰かを選ばなかったからじゃない」

 直は、
 ひかりを見る。

 逃げない目で。

「選ぶ前に、
 終わっただけだ」

 それは、
 悔しさでも、
 未練でもない。

 ただの事実だった。

「だから」

 直は一歩だけ、
 距離を詰める。

 触れない。
 でも、
 離れない。

「今、
 戻りたい場所じゃない」

 ひかりは、
 何も言えなかった。

 胸の奥で、
 ずっと張っていた糸が、
 少しずつほどけていく。

「ひかり」

 名前を呼ばれて、
 視線が合う。

 直は、
 そこでようやく、
 迷いを捨てたみたいに言った。

「俺は」

「君が、
 好きだ」

 言葉は、
 飾られていなかった。

 でも、
 逃げ場もなかった。

「前も」

「別れたあとも」

「今も」

 一つずつ、
 確かめるように。

「ずっと」

 ひかりの喉が、
 きゅっと鳴る。

 好きだと言われた記憶が、
 曖昧だった理由が、
 ようやく分かった気がした。

 あの夜も。
 その前も。

 直は、
 いつも行動で示していた。

 でも、
 言葉にするのは、
 今が初めてだった。

「俺の幸せを、
 君が決めなくていい」

 直は、
 静かに言う。

「俺は、
 自分で選びたい」

「君といることを」

 ひかりの視界が、
 少しだけ滲む。

 でも、
 泣かなかった。

 泣いてしまったら、
 この瞬間を、
 ちゃんと受け取れなくなる気がしたから。

 ——ああ。

 私は、
 ずっとここで、
 立ち止まっていたんだ。

 過去と、
 未来の間で。

 ひかりは、
 ゆっくり息を吸う。

 そして、
 初めて。

 自分の番だと、
 理解した。
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