祝福のあとで
ケーキを食べ終えて、
 カップを流しに置く。

 部屋は、
 昼より少しだけ影が増えていた。

 ソファに並んで座って、
 ひかりは膝の上で手を組む。

 直は、
 何も言わずにテレビを消した。

 沈黙。

 でも、
 居心地は悪くない。

 ひかりが、
 ぽつりと言う。

「……最近さ」

 直が視線を向ける。

「ちょっとだけ、
 ズレてるなって思ってた」

 責める言い方じゃない。
 事実を置くみたいな声。

「時間とか。
 連絡の間とか」

 直は、
 すぐに否定しなかった。

「うん」

 短く頷く。

「俺も、思ってた」

 ひかりは、
 少しだけ驚いて直を見る。

「でも」

 直は、
 言葉を選ぶみたいに間を置く。

「ズレてるから、
 離れてるとは思わなかった」

 ひかりの胸が、
 静かに鳴る。

「……私、
 ちょっと我慢してたかも」

「何を」

「寂しいって言うの」

 直は、
 それを聞いて、
 一瞬だけ目を伏せた。

「ごめん」

 即答だった。

「気づいてたのに、
 言わせてた」

 ひかりは、
 首を振る。

「いいの。
 分かってる」

 言い切ったあとで、
 少しだけ声が揺れる。

「でもね」

 一呼吸。

「今日、直が来てくれた瞬間」

 ひかりは、
 直を見る。

「全部、どうでもよくなった」

 直の喉が、
 小さく動く。

「……それ、
 反則」

 低い声。

 ひかりが、
 首を傾げる前に。

 直は、
 そっと距離を詰めた。

 触れない。
 でも、近い。

「ひかり」

 声が、
 少しだけ掠れる。


「もう、
 我慢しなくていい?」

 確認だった。

 命令でも、
 勢いでもない。

 ひかりは、
 一瞬だけ迷ってから、
 小さく頷く。

「……うん」

 その瞬間。

 直は、
 ひかりの手を取る。

 少しだけ強く。

 でも、
 乱暴じゃない。

「ズレてた分」

 距離が、
 一気に縮まる。

「ちゃんと、
 埋めたい」

 ひかりが、
 息を吸う前に。

 唇が重なる。

 迷いはなかった。

 でも、
 急がない。

 直の手は、
 ひかりの背中に回って、
 確かめるみたいに留まる。

 離れる気がない、
 という意思だけを伝える。

 ひかりは、
 そのまま直のシャツを掴んだ。

 ズレていた時間。
 言えなかった気持ち。

 全部まとめて。

 今は、
 ここに置いていい。

 直が、
 ひかりの額に額を寄せて、
 低く言う。

「……好きだよ」

 我慢してきた分だけ、
 静かで、
 確かな声だった。
< 167 / 170 >

この作品をシェア

pagetop