祝福のあとで
第9章 祝福の日

 朝のチャペル・ド・ルミエールは、いつもより音が多い。

 ヒールの足音。
 インカム越しの声。
 リハーサル用に流れる、少し音量を落とした音楽。

 ひかりは、進行表を片手に歩いていた。

「新郎新婦、控室入りました」

「了解です。十五分後に最終確認入ります」

 声は、自然に出る。
 感情を挟む余地はない。

 今日は、祝福の日だ。

 チャペル前を通り過ぎ、
 披露宴会場の方へ向かう。

 バーカウンターは、すでに照明が整えられていた。

 グラスが並び、氷の準備も終わっている。

「——神崎さん」

 後ろから声をかけられて、振り返る。

 そこにいたのは、あきだった。

 スーツ姿。
 いつもの、仕事の顔。

「バーの外部スタッフ、もう入ってます?」

「はい。準備に入っています」

 短い確認。

 あきは、カウンターの方に目を向ける。

「知り合いですか?」

 軽い確認。
 他意のない声。

 ひかりは、ほんの一拍だけ置いてから答えた。

「……私がお願いしました」

 それ以上は、言わない。

「そうですか」

 あきは、それで納得したように頷く。

「では、進行通りでいきましょう」

「お願いします」

 彼はそのまま、別のスタッフの方へ向かっていった。

 ひかりは一度だけ、深く息を吸う。

 時計を見る。

 予定時刻まで、あと十分。

 そのとき。

 会場の奥、
 バーカウンターの向こうに、人影が見えた。

 黒いシャツ。
 無駄のない動き。

 グラスを手に取る、その仕草だけでわかる。

 ——来た。

 視線が、合う。

 ほんの一瞬。

 彼は、軽く頷いた。

 それだけ。

 ひかりも、小さく頷き返す。

 言葉は、いらなかった。

 今日は、
 それぞれが立つべき場所が、はっきりしている。

 祝福は、もうすぐ始まる。
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