祝福のあとで

——ここに、

  彼に、

  会いたかった。

そう思った瞬間、
静かに、恋が始まっていた。

直は、何も変えなかった。

話しかけすぎることもなく、
距離を詰めることもない。

ただ、
いつものようにそこにいて、
いつものようにグラスを置く。

それだけなのに。

ひかりは、
自分が、少しずつ呼吸を整えていくのを感じていた。

ここでは、
頑張らなくていい。
正しい言葉を選ばなくていい。

「……この時間が」

思わず、口に出そうになって、
ひかりは言葉を飲み込む。

代わりに、
グラスを傾けた。

この人が好きなのは、
優しいからでも、
特別だからでもない。

ここに来ると、
自分が戻ってくるからだ。

仕事の顔でも、
誰かを支える役でもない。

ただの自分に。

それに気づいてしまった以上、
もう、
知らなかったふりはできなかった。
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