祝福のあとで
しばらく、言葉はなかった。
ジャズが一曲終わり、
グラスの中の氷が、
小さく音を立てる。
直は、
カウンターの内側で、
ひとつ、区切りをつけるみたいに
グラスを置いた。
それから、
何気ない調子で言う。
「……最近は、
この時間、静かなんです」
説明でも、
誘いでもない。
ただの事実。
ひかりは、
その言葉の意味を考えかけて、
やめた。
「そうなんですね」
「ええ」
短いやり取り。
でも、
そこには不思議な余白があった。
直は、
ひかりのグラスに目をやる。
「無理しなくていいですよ」
前にも聞いた言葉。
でも今日は、
“今日はここまででもいいし、
また来てもいい”
その両方を含んでいる気がした。
ひかりは、
グラスを置く。
「……もう一杯だけ」
自分でも驚くほど、
自然な声だった。
直は、
何も言わずに頷く。
それだけ。
新しいグラスが置かれる。
ひかりは、
それを見つめたまま、
小さく息を吸った。
「……あの」
直は、
手を止めて、
ひかりを見る。
急かさない視線。
逃がさない距離。
「私」
「ここに来る理由を、
もう、誤魔化せなくなりました」
直は、
すぐには何も言わなかった。
ただ、
ひかりの言葉を待つ。
「恋だって、
ちゃんと気づいたのは、
最近です」
ひかりは、
視線を上げないまま続ける。
「どうしたらいいかは、
まだ、わからないです」
正直な言葉。
だから、
続きは言わなかった。
直は、
少しだけ間を置いてから口を開いた。
「……じゃあ」
低く、静かな声。
「答えが出るまで、
一人で抱えなくていいです」
ひかりは、
ゆっくり顔を上げる。
直は、
逃げ場を残さない距離で、
それでも押しつけずに言った。
「付き合う、でいいですか」
確認みたいな言い方。
でも、
揺らぎはなかった。
ひかりは、
一瞬だけ息を止めてから、
小さく頷く。
「……はい」
その一言で、
十分だった。
直は、
ほんのわずかに息を吐いて、
いつも通りの声で言う。
「じゃあ」
「今日は、
恋人としての一杯にしましょう」
グラスが、
静かに置かれる。
音は変わらない。
空気も、
劇的には変わらない。
それでも。
この夜は、
確かに、
境目を越えていた。
ジャズが一曲終わり、
グラスの中の氷が、
小さく音を立てる。
直は、
カウンターの内側で、
ひとつ、区切りをつけるみたいに
グラスを置いた。
それから、
何気ない調子で言う。
「……最近は、
この時間、静かなんです」
説明でも、
誘いでもない。
ただの事実。
ひかりは、
その言葉の意味を考えかけて、
やめた。
「そうなんですね」
「ええ」
短いやり取り。
でも、
そこには不思議な余白があった。
直は、
ひかりのグラスに目をやる。
「無理しなくていいですよ」
前にも聞いた言葉。
でも今日は、
“今日はここまででもいいし、
また来てもいい”
その両方を含んでいる気がした。
ひかりは、
グラスを置く。
「……もう一杯だけ」
自分でも驚くほど、
自然な声だった。
直は、
何も言わずに頷く。
それだけ。
新しいグラスが置かれる。
ひかりは、
それを見つめたまま、
小さく息を吸った。
「……あの」
直は、
手を止めて、
ひかりを見る。
急かさない視線。
逃がさない距離。
「私」
「ここに来る理由を、
もう、誤魔化せなくなりました」
直は、
すぐには何も言わなかった。
ただ、
ひかりの言葉を待つ。
「恋だって、
ちゃんと気づいたのは、
最近です」
ひかりは、
視線を上げないまま続ける。
「どうしたらいいかは、
まだ、わからないです」
正直な言葉。
だから、
続きは言わなかった。
直は、
少しだけ間を置いてから口を開いた。
「……じゃあ」
低く、静かな声。
「答えが出るまで、
一人で抱えなくていいです」
ひかりは、
ゆっくり顔を上げる。
直は、
逃げ場を残さない距離で、
それでも押しつけずに言った。
「付き合う、でいいですか」
確認みたいな言い方。
でも、
揺らぎはなかった。
ひかりは、
一瞬だけ息を止めてから、
小さく頷く。
「……はい」
その一言で、
十分だった。
直は、
ほんのわずかに息を吐いて、
いつも通りの声で言う。
「じゃあ」
「今日は、
恋人としての一杯にしましょう」
グラスが、
静かに置かれる。
音は変わらない。
空気も、
劇的には変わらない。
それでも。
この夜は、
確かに、
境目を越えていた。