祝福のあとで
第17章 恋人という距離
それから。

恋人になったからといって、
生活が大きく変わったわけじゃない。

約束が増えたわけでも、
連絡の頻度が変わったわけでもない。

ただ、
ひとつだけ違うことがあった。

休みの前の日。

ひかりは、
仕事が終わると、
そのままBar Afterに向かうようになった。

「待ってる」という言葉は使わない。

でも、
直はそれを、
当たり前みたいに受け取っていた。

営業が終わると、
店内の音が一段、落ちる。

直は照明を落とし、
ひかりはカウンターの内側に回る。

「今日も、お疲れさまでした」

「お疲れさまです」

それだけ。

グラスに注がれた酒を、
二人でゆっくり口に運ぶ。

恋人になったから、
話すことが増えたわけじゃない。

でも、
沈黙の質だけは、確実に変わっていた。

「お腹、空いてます?」

直がそう聞くのは、
決まってこの時間だった。

「少しだけ」

「じゃあ、行きますか」

特別な店じゃない。
駅前の、いつもの居酒屋。

向かい合って座って、
同じものを頼む。

会話は途切れがちで、
でも、それで困ることはない。

ひかりは思う。

こういう時間を、
“恋人”と呼ぶんだとしたら、
悪くない。

そう思えたこと自体が、
少しだけ、意外だった。

そして、その感覚は、
特別な夜だけのものじゃなく、
静かに、日常へと滲んでいった。
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