祝福のあとで
だから、
この日も。
その日も、
いつもと変わらない営業後だと思っていた。
その日も、
いつもと変わらない営業終わりだと思っていた。
カウンターの灯りが落ち、
ジャズが止まる。
直は、
最後にグラスを拭き終えると、
自然な動きでカウンターの外に出た。
「今日は、もう閉めますね」
「はい」
それだけのやり取り。
ひかりは、
コートを手に取りながら、
いつも通りに立ち上がった。
帰る準備。
それ以上でも、それ以下でもないはずだった。
直は、
電気を落としながら、
何気ない調子で言う。
「……お腹、空いてませんか」
問いかけは、
軽い。
誘いとも、
確認ともつかない声。
ひかりは、
少しだけ考えてから答えた。
「……空いてます」
直は、
ほんの一瞬だけ間を置いた。
それから、
視線を合わせて言う。
「よかったら」
「今日は、
うちでご飯にしませんか」
言い切らない。
でも、迷いもない。
「外でもいいんですけど」
そう前置きしてから、
「今日は、
あまり騒がしくない方がいい気がして」
理由は、
多くない。
“恋人だから”でも、
“一緒にいたいから”でもない。
ただ、
今日の空気に合う選択として、
差し出された言葉。
ひかりは、
一瞬だけ視線を落とす。
心臓が、
少しだけ音を立てた。
でも、
怖さはなかった。
「……いいんですか」
思っていたより、
静かな声が出た。
直は、
小さく頷く。
「ええ」
「ゆっくりできますし」
それだけ。
期待も、
先回りもない。
ひかりは、
深く息を吸ってから、
ゆっくり頷いた。
「……お願いします」
直は、
それを聞いて、
ほんのわずかに息を吐いた。
安心したみたいな、
でも表に出しすぎない仕草。
「じゃあ、
このまま行きましょう」
鍵を手に取る音。
扉を閉める音。
いつもと同じはずの帰り道が、
今日は、
少しだけ違って感じられた。
並んで歩く距離は、
変わらない。
触れない。
言葉も多くない。
それなのに、
この夜は、
もう、
“帰るだけ”じゃなかった。
この日も。
その日も、
いつもと変わらない営業後だと思っていた。
その日も、
いつもと変わらない営業終わりだと思っていた。
カウンターの灯りが落ち、
ジャズが止まる。
直は、
最後にグラスを拭き終えると、
自然な動きでカウンターの外に出た。
「今日は、もう閉めますね」
「はい」
それだけのやり取り。
ひかりは、
コートを手に取りながら、
いつも通りに立ち上がった。
帰る準備。
それ以上でも、それ以下でもないはずだった。
直は、
電気を落としながら、
何気ない調子で言う。
「……お腹、空いてませんか」
問いかけは、
軽い。
誘いとも、
確認ともつかない声。
ひかりは、
少しだけ考えてから答えた。
「……空いてます」
直は、
ほんの一瞬だけ間を置いた。
それから、
視線を合わせて言う。
「よかったら」
「今日は、
うちでご飯にしませんか」
言い切らない。
でも、迷いもない。
「外でもいいんですけど」
そう前置きしてから、
「今日は、
あまり騒がしくない方がいい気がして」
理由は、
多くない。
“恋人だから”でも、
“一緒にいたいから”でもない。
ただ、
今日の空気に合う選択として、
差し出された言葉。
ひかりは、
一瞬だけ視線を落とす。
心臓が、
少しだけ音を立てた。
でも、
怖さはなかった。
「……いいんですか」
思っていたより、
静かな声が出た。
直は、
小さく頷く。
「ええ」
「ゆっくりできますし」
それだけ。
期待も、
先回りもない。
ひかりは、
深く息を吸ってから、
ゆっくり頷いた。
「……お願いします」
直は、
それを聞いて、
ほんのわずかに息を吐いた。
安心したみたいな、
でも表に出しすぎない仕草。
「じゃあ、
このまま行きましょう」
鍵を手に取る音。
扉を閉める音。
いつもと同じはずの帰り道が、
今日は、
少しだけ違って感じられた。
並んで歩く距離は、
変わらない。
触れない。
言葉も多くない。
それなのに、
この夜は、
もう、
“帰るだけ”じゃなかった。