祝福のあとで
食事を終えて、
直は黙って食器を片付けた。

ひかりも立ち上がって、
洗い物を手伝う。

肩が触れるほどの距離。

それなのに、
どちらも急がない。

「……座ってて」

直がそう言って、
ひかりをソファーに戻した。

部屋の明かりは、
少し落とされる。

テレビはついているのに、
内容は、誰も見ていなかった。

しばらくして、
直が隣に座る。

距離は、近い。
でも、触れない。

「ひかり」

名前を呼ばれて、
ひかりは顔を上げる。

直は、
まっすぐにこちらを見ていた。

「……今日は、
 ここまでにしますか」

問いかけは、
逃げ道を残したまま。

ひかりは、
一瞬だけ考えてから首を振る。

「……帰りたく、ないです」

声は小さかった。

でも、
はっきりしていた。

直は、
ゆっくり息を吐いてから、
そっと、ひかりの手に触れる。

確かめるみたいに。

ひかりが逃げないことを、
ちゃんと確認してから。

その夜のことを、
ひかりは、
あとで詳しく思い出せない。

ただ、

目を閉じても、
怖くなかったこと。

触れられても、
緊張より先に、
安心がきたこと。

朝になったとき、
隣に誰かがいることを、
自然だと思えたこと。

それだけは、
はっきり覚えていた。
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