祝福のあとで
メッセージは、短くていい。
ひかりは、
画面にそう打ち込んでから、一度だけ読み返した。
――仕事の相談があって。
――今日、帰りにバーに寄ってもいい?
送信。
すぐに返事は来なかったけれど、
それでいいと思った。
直は、
必要なときに、ちゃんと返してくる人だ。
その日の仕事を終えて、
夜の空気に触れた頃、
スマートフォンが静かに震えた。
――大丈夫。
――待ってる。
それだけ。
余計な言葉は、なかった。
*
Bar Afterの扉を押すと、
店内は、まだ落ち着いた時間帯だった。
カウンターの奥で、
直がグラスを拭いている。
一瞬、目が合う。
恋人としての視線、というより、
いつもの確認みたいな目。
「こんばんは」
「こんばんは」
声も、いつも通り。
ひかりは、
カウンターに腰を下ろしてから、
鞄を足元に置いた。
「今日は、仕事で」
切り出すと、
直は、グラスを置いて耳を向ける。
「ジューンブライドのフェアがあって」
説明は、手短に。
披露宴会場と併設バーを使うこと。
オリジナルカクテルの演出を考えていること。
当日、内部スタッフが出られないこと。
直は、
途中で口を挟まず、最後まで聞いた。
「それで」
ひかりは、
少しだけ間を置いてから続ける。
「外部でお願いできる人を、探していて」
「……直に、お願いできないかと思って」
言い切りだった。
でも、
強く押す言い方じゃない。
直は、
すぐには返事をしなかった。
少しだけ考えるように、
カウンターの向こうで視線を落とす。
「フェアの日程は?」
「3月の、第二週です」
「時間帯は」
「昼から夕方にかけて」
確認は、必要な分だけ。
それが終わってから、
直は、ようやく顔を上げた。
「……仕事として、ですよね」
念押し。
ひかりは、
迷わず頷いた。
「はい。仕事として」
直は、
小さく息を吐いてから言った。
「それなら、引き受けます」
即答でもなく、
ためらいでもない。
ちょうどいい間。
「内容、もう少し詳しく聞かせてください」
ひかりは、
胸の奥が、静かにほどけるのを感じた。
「ありがとうございます」
そう言うと、
直は、ほんのわずかに笑った。
「こちらこそ」
それは、
恋人としてでも、
客としてでもない。
仕事を引き受ける人の顔だった。
それでも、
ひかりはその横顔を、
少しだけ誇らしく思っていた。