祝福のあとで
直は、二人のグラスを片づけてから、
ひかりの方を見た。

仕事が終わったあとの、
切り替えきれない顔。

「……このあと」

一拍、間を置いてから。

「一緒に、帰れますか?」

送る、とも、
送っていい?とも言わない。

ただ、
並んで帰る前提の言い方。

ひかりは、
一瞬だけ驚いてから、頷いた。

「はい。」

それだけで、
直はそれ以上何も言わず、
上着を手に取った。

*

建物を出ると、
夜の空気が、少しだけ冷たかった。

並んで歩く距離は、
近すぎず、遠すぎず。

話そうと思えば話せるのに、
無理に言葉を探さない。

足音だけが、
静かな道に重なる。

「今日は、お疲れさま」

ひかりがそう言うと、
直は、前を見たまま答えた。

「ひかりも」

短いけれど、
仕事としてじゃない響き。

少し歩いてから、
直が、ふと思い出したみたいに言う。

「さっきさ」

「雰囲気、違うって言われてたね」

「うん」

「俺も、そう思った」

立ち止まりはしない。
歩きながら。

でも、
逃げない言葉。

ひかりは、
胸の奥が、静かに動くのを感じた。

このまま、
それぞれの家に帰ることもできる。

でも。

交差点の手前で、
ひかりの足が、ほんの少しだけ遅れた。

直が気づいて、
振り返る。

「……どうした?」

ひかりは、
少しだけ迷ってから、口を開いた。

「……なんか」


「このまま帰るの、早いなって」

言ってしまってから、
自分で少し驚く。

直は、
すぐには返事をしなかった。

ひかりの顔を見て、
それから、視線を外す。

考える時間を、
ちゃんと挟む人だった。

「……無理、してない?」

確認。

ひかりは、
小さく首を振る。

「してない」

その声は、
自分でもわかるくらい、落ち着いていた。

少しの沈黙。

それから、
ひかりは続ける。

「うち、ここから近くで」

言葉は、
それ以上いらなかった。

直は、
ほんの一瞬だけ息を吐いてから、
静かに頷く。

「……じゃあ」



「少しだけ」

“少しだけ”が、
相変わらず優しい。

ひかりは、
その一言に背中を押されるみたいに、
歩き出した。

夜は、まだ終わらない。

でも、
もう戻らない場所があることを、
二人とも、ちゃんとわかっていた。
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