Toxic・Romance
視線をそらしたいのに、動けない。胸の奥がふわりと浮くような、ざわりと揺れるような、得体の知れない震え。
それは憧れとも違うし、恋に落ちた瞬間の甘さでもない。“雷に打たれた”という表現があるけれど、あれは嘘じゃないのかもしれない。
身体のどこかに電流が走ったように、あるいは圧倒的な差を目の当たりにし、勝負の前より負けを認めざるを得ないように、私の理性が一瞬で追い越された。
「……──りさん、」
次の瞬間、別の社員が彼に声をかけ、その気配に私はようやく身体を動かすことができた。
そっと息を継いで、手に残る資料の束を抱え直す。
知らない世界の温度に、指先だけ触れてしまったみたい。逃げるように横をすり抜けようとした、そのほんの、ほんの刹那。
その人と、視線がかちりとぶつかった。
黒髪の影の奥で、目だけが静かにこちらを捉える。
驚いたような色でも、笑っているでもない。
胸のざわめきが静まるより早く、誰かの靴音が近づき、彼の視線がそちらへと流れた。その隙に、いそいで会議室を後にした。