初恋は、終電の先に
「奈月は今週も忙しい?」
「まあ、相変わらずですね。年度末ですし。先輩はどうですか?」
「俺も似たようなものだよ。でも、しばらくは土日まで仕事になることはないはずだから」
「よかった。あ、でも四月になったら、私、新人研修の補佐に入らないといけなくて」
「えっ、やだ」
先輩はギョッとしたような顔で私を見た。
「やだ?」
「やだー……」
やだって何だ。
先輩は唇を尖らせている。
「尚也先輩、チューしていいですか?」
「チューはしてほしいけど、新人研修は嫌だな。ていうか、俺以外の人とあんまり関わらせたくない」
「私、別にモテないですよ」
そう言ったら、先輩にジトッと睨まれた。
なんだか昨日から、そんな顔で見られてばっかりだ。
「俺が高校のときからどれだけ心配してると思ってるのさ」
「そうなんですか?」
ちなみに私は、高校の頃はさほど心配したことがない。先輩が同じクラスの女子からキモがられていたのを知っていたからだ。
大人になってからは花沢さんもいたし、多少は心配したけど、これだけ私にべったりなんだから、やっぱりそこまで心配しなくてもよさそうだ。
「奈月はかわいいから」
「そうですかねえ」
告白なんて、されたことないけど。
高校の時、私が先輩にべったりなのはクラス内で有名だったから。
「そうだとしても、私はこの十年ずっと先輩一筋ですし、あと七十年もそのつもりなんですよ」
「……ごめん」
先輩がしょんぼりした顔になったから、その腕を引いてうちまで向かった。
マンションの前で立ち止まると、先輩は悲しい顔で私を抱き寄せた。
「またね」
「はい、また」
「やだー、帰りたくないー」
「まあ、そうなる気はしてましたけど。先輩、出張の荷物もそのままなんですよね」
「……うん」
先輩は渋い顔のまま、名残惜しそうに私から体を離した。触れるだけのキスをして、つないでいた手も離す。
「あ、チョコ」
「チョコ?」
「先輩、ちょっと待ってください」
私は先輩をエントランスに残したまま、急いで部屋へ戻った。
カバンを放り出して、冷蔵庫の奥からバレンタインのチョコを取り出した。
「お待たせしました。遅くなっちゃいましたけど、バレンタインのチョコです。どうぞ」
チョコを差し出すと、先輩はぽかんとした顔で、私とチョコを何度も見比べた。
「……初めてだ」
「そうですね。高校の時は、ちょうどバレンタインの日が休みでしたもんね」
「死ぬまで大事にする」
「や、中身は食べてください」
「もったいなくて食べられないよ」
「来年も用意しますから」
「でもこれ、初めてだよ」
先輩は目を輝かせてチョコを見つめていた。
ちゃんと用意しておいてよかった。
やけになって捨てたりしなくてよかった。
先輩は大事そうにチョコをカバンにしまった。
「連絡しますね」
「俺もする」
「よかったら、金曜日の夜、泊まりに来ませんか」
「来る」
「土曜日、デートしましょう」
「うん、ありがと」
「もう一回キスしてください」
さっきより少し長くキスをして、それから先輩は帰っていった。
私は帰宅してシャワーを浴びた。着ていた服を洗濯して、部屋の中を軽く掃除する。洗濯物を干して、少し剥げたマニキュアを塗り直して、やることがなくなった私はベッドに倒れこんだ。
「わ〜〜〜……っ」
もー、なんなのあの人……甘い、甘ったるい!!
三十歳男性が出していい糖度じゃないと思う。
それに、夜もすごかった。
すごく、すごかった。
え、なに、世の恋人たち、あんなことしてるの……?
いやあ、私、あんな声出るんですね……大変な目にあった。
先輩も先輩で、あんな顔するんですね……国は傾いて転覆して、もう沈没しました。……違うか、吸収合併……?
ベッドの上で悶えていたら、スマホが震えた。
先輩からで、「家についた」という連絡だった。
なんかもう、文字まで甘ったるく見える。
私はブラウザを開いて、次の休みに先輩とデートする場所を探し始めた。
「まあ、相変わらずですね。年度末ですし。先輩はどうですか?」
「俺も似たようなものだよ。でも、しばらくは土日まで仕事になることはないはずだから」
「よかった。あ、でも四月になったら、私、新人研修の補佐に入らないといけなくて」
「えっ、やだ」
先輩はギョッとしたような顔で私を見た。
「やだ?」
「やだー……」
やだって何だ。
先輩は唇を尖らせている。
「尚也先輩、チューしていいですか?」
「チューはしてほしいけど、新人研修は嫌だな。ていうか、俺以外の人とあんまり関わらせたくない」
「私、別にモテないですよ」
そう言ったら、先輩にジトッと睨まれた。
なんだか昨日から、そんな顔で見られてばっかりだ。
「俺が高校のときからどれだけ心配してると思ってるのさ」
「そうなんですか?」
ちなみに私は、高校の頃はさほど心配したことがない。先輩が同じクラスの女子からキモがられていたのを知っていたからだ。
大人になってからは花沢さんもいたし、多少は心配したけど、これだけ私にべったりなんだから、やっぱりそこまで心配しなくてもよさそうだ。
「奈月はかわいいから」
「そうですかねえ」
告白なんて、されたことないけど。
高校の時、私が先輩にべったりなのはクラス内で有名だったから。
「そうだとしても、私はこの十年ずっと先輩一筋ですし、あと七十年もそのつもりなんですよ」
「……ごめん」
先輩がしょんぼりした顔になったから、その腕を引いてうちまで向かった。
マンションの前で立ち止まると、先輩は悲しい顔で私を抱き寄せた。
「またね」
「はい、また」
「やだー、帰りたくないー」
「まあ、そうなる気はしてましたけど。先輩、出張の荷物もそのままなんですよね」
「……うん」
先輩は渋い顔のまま、名残惜しそうに私から体を離した。触れるだけのキスをして、つないでいた手も離す。
「あ、チョコ」
「チョコ?」
「先輩、ちょっと待ってください」
私は先輩をエントランスに残したまま、急いで部屋へ戻った。
カバンを放り出して、冷蔵庫の奥からバレンタインのチョコを取り出した。
「お待たせしました。遅くなっちゃいましたけど、バレンタインのチョコです。どうぞ」
チョコを差し出すと、先輩はぽかんとした顔で、私とチョコを何度も見比べた。
「……初めてだ」
「そうですね。高校の時は、ちょうどバレンタインの日が休みでしたもんね」
「死ぬまで大事にする」
「や、中身は食べてください」
「もったいなくて食べられないよ」
「来年も用意しますから」
「でもこれ、初めてだよ」
先輩は目を輝かせてチョコを見つめていた。
ちゃんと用意しておいてよかった。
やけになって捨てたりしなくてよかった。
先輩は大事そうにチョコをカバンにしまった。
「連絡しますね」
「俺もする」
「よかったら、金曜日の夜、泊まりに来ませんか」
「来る」
「土曜日、デートしましょう」
「うん、ありがと」
「もう一回キスしてください」
さっきより少し長くキスをして、それから先輩は帰っていった。
私は帰宅してシャワーを浴びた。着ていた服を洗濯して、部屋の中を軽く掃除する。洗濯物を干して、少し剥げたマニキュアを塗り直して、やることがなくなった私はベッドに倒れこんだ。
「わ〜〜〜……っ」
もー、なんなのあの人……甘い、甘ったるい!!
三十歳男性が出していい糖度じゃないと思う。
それに、夜もすごかった。
すごく、すごかった。
え、なに、世の恋人たち、あんなことしてるの……?
いやあ、私、あんな声出るんですね……大変な目にあった。
先輩も先輩で、あんな顔するんですね……国は傾いて転覆して、もう沈没しました。……違うか、吸収合併……?
ベッドの上で悶えていたら、スマホが震えた。
先輩からで、「家についた」という連絡だった。
なんかもう、文字まで甘ったるく見える。
私はブラウザを開いて、次の休みに先輩とデートする場所を探し始めた。