お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 ──フレンチディナーに出かけた数日後、普段から仲の良い同僚の森さんが話しかけてきた。

「ねえ」
 昼前、外来受付が終了して、隣のカウンターから声が飛んできた。
「最近さ、やけにスマホを触ってない?」
 年も近くて、シフトが被ることも多い。
 仕事終わりに愚痴を言い合うくらいには、仲がいい。
 私は一瞬、手元の書類を持つ指に力が入るのを感じた。

「そう?」
 できるだけ何でもないふりをして返す。
 以前の私は、メッセージのやり取りも頻繁にする相手も極わずかだったので、あまりスマホにも触らなかった。それが、城高山先生と偽装恋人になってからは頻繁に触るようになったことは自分でも自覚している。
「そう、じゃないでしょ」
 彼女はにやりと笑う。

「心臓外科の先生と、最近よく話してるって噂。しかも人目につかないところで、って本当?」

 情報が早い。
 やっぱり、病院という場所は隠し事に向いていない。

「たまたま、業務の確認だよ」
 用意していたような言い訳を口にする。

「ふーん?」
 納得していない顔だった。

「この前なんて、普段は使われていない会議室の方から一緒に出てきたって聞いたけど」
 心臓が、どくんと鳴る。

「それにさ」
 彼女は声を少し落とす。
「最近、雰囲気違わない? 綺麗になったよね?」
「気のせいだって」

 笑って誤魔化そうとしたけれど、
 声が少しだけ硬くなったのが、自分でも分かった。
 彼女はじっと私の顔を見てから、ふっと表情を和らげた。
 特にスキンケアとかを変えたわけでもないけれど、城高山先生を好きになりかけているからなのかな?

「……あ、そっか」
 何かを察したような、その顔。

「まだ、話したくない感じ?」
 その一言に、胸の奥がきゅっと縮む。

 城高山先生のことは、絶対に話せない。
 だって、これは本当の恋人じゃない。
 お試しで、偽装の関係だ。

 それに行方がどうなるかも分からないまま、勝手に周囲に話すのも違う気がしていた。

「ごめん」
 小さくそう言うと、彼女は肩をすくめた。

「いいよ。無理に聞かないけどさ、主任昇格のことも内緒にされてたじゃん? 私にだけは言ってほしかったよ」
 それから、少しだけ真面目な声で続ける。

「私だって、主任になりたかったんだからさー。親友だと思ってたのに言ってくれなかったのはショックー!」

 正式に人事が発表するまでは、昇格の口外は控えてと言われていたが、後付けの言い訳になるので私は答えなかった。

「主任業務が大変そうなら、言って。何でも手伝うからさ」
 それだけ言って、彼女は自分の業務に戻っていく。
 残された私は、カウンターの下でそっと息を吐いた。
< 26 / 62 >

この作品をシェア

pagetop