お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
『大丈夫? 何かあった?』
『いえ、大丈夫です……』
 親友のような同僚から、城高山先生との仲を疑われただなんて言えない。
 言えば、きっと心配してくれるのは分かっている。

『元気のない声をしている』
『そうですか? そんなことはないですよ』
 耳にすんなりと入ってくる、城高山先生の優しい声。
 好きになり始めている。
 それは、もう否定できない。
 けれど同時に、二人の間にある明らかな身分差はどうすることもできない。
 自分が足を踏み入れていい場所なのか、答えはまだ出せない。

『今すぐにでも駆けつけたいが、明日は朝イチで長時間予定の手術が入っている』
『本当に大丈夫ですから、早く寝ましょう』
 胸の奥で芽生え始めている感情を、私自身が一番分かっている。
 けれど同時に、その気持ちだけで越えてはいけない現実があることも。

『離れていても、会えなくても……俺は勝浦さんのことを大切に思っているから』
 ──私も好き。
 そう言ってしまえば、どれほど楽だろう。
 だが、その言葉の先に続く未来を、私はまだ描けなかった。

 唇がわずかに動きかけて、結局、声にはならない。
 私は視線を伏せたまま、そっと息を吸い込んだ。
 拒むつもりはない。
 ただ、軽々しく肯定していい関係でもなかった。
 沈黙は、否定ではなく、ためらいだった。
 現実を知っているからこそ選んだ、今はまだ踏み出せないという答え。

 そのことを、彼が――少しでも感じ取ってくれればいいと、私は心の中でそっと願った。
 城高山先生は沈黙の意味を察したのだろう。
 力を抜いた声で言った。

『悪い。少し、急かしたな。俺の気持ちばかりを押し付けてしまって……悪かった』
 そう前置きしてから、更に続ける。
『でも……俺は君と一緒にいるのが、単純に楽しいんだ』

 未来も家柄も、いったん脇に置いた言い方だった。
 だからこそ、その言葉は胸にまっすぐ届く。
 私は小さく息を吸い、覚悟を決めたように口を開く。

『私も……そうですよ』
 一拍置いて、続ける。
『しかし、私は普通の家の出で、良家のお嬢様でもありません』
 言葉を選びながら、視線を落とす。
『偽りだとしても恋人として、相応しくないんじゃないかって……思ってしまって』
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