お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 しかし、気持ちを伝えたとはいえ、まだ正式に交際しているわけでもなく、偽装恋人のような関係だ。
 どう説明したらいいのか……。

「……というわけで」
 院長は、あまりにも穏やかな声で言った。
「君が、正式な婚約者にならないか?」
「……え?」
 間の抜けた声が、自分のものだと分かるまで一瞬かかった。
「仕事は丁寧で、責任感があって、周囲からの信頼も厚い。正直に言って、家柄云々よりも申し分ない」
 何の話をされているのか、頭が追いつかない。

「息子から聞いているかもしれないがね」
 にこやかなまま、院長はさらりと言う。
「あの子は、これまで二度、縁談が破談になっていてね。
 だからこそ――」
 少しだけ声を落とす。
「君が恋人だというなら、ぜひともお願いしたい」

 驚きが、恐怖に変わるはずだった。
 けれど、実際に胸に広がったのは――拍子抜けだった。
 怒られるわけでも、責められるわけでもない。
 むしろ、話が一気に先へ飛びすぎている。

 その時──

 コン、コン。
 控えめなノックの音がして、ドアが開いた。

「すみません。手術が思ったよりも長引いてしまって……」
 入ってきたのは、城高山先生だった。
「いや、クランケ優先は当たり前だ」
 院長は機嫌よく話を進める。
「気にするな。もう彼女は、口説いていたところだ」
「……え?」
 今度は、彼のほうが言葉を失う。
 その様子を見て、普段は無口な院長が、珍しく声を立てて笑った。

「はは。二人とも、なかなか分かりやすいな」
 私はただ、二人の顔を交互に見つめるしかなかった。
 昨夜まで、好きになってもいいのかと悩んでいた関係が……いつの間にか〝正式な婚約者〟という言葉にすり替わっている。

 でも同時に、もう後戻りできない場所に立ってしまったこともはっきりと理解していた。
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