お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 私営の駐車場まで並んで歩きながら、しばらく私たちは何も話さなかった。
 住宅街の街灯が、一定の間隔で足元を照らしていく。
「正直、驚いた。まさか、あそこまで言われるとは思わなかった」
 城高山先生は苦笑いする。
「ごめん、重たく感じたよな」
「ううん……重たいというより、まだ考えてもいなかった結婚って言葉が、急に現実味を帯びてきて、ちゃんと考えないといけない気がして……」
 しばらく迷ってから、私は続きを口にした。
「城高山先生のご実家は、代々続く立派な大病院を経営している。私は、普通のサラリーマンの娘特別な家柄でもないし、後ろ盾もない」
 声が、少し震えてしまう。
 自分の率直な気持ちを伝えるのには勇気がいるけれど、話してみないと進まない。
「そんな私が、あなたの妻になっていいのかなって。やっぱり釣り合わないって、思ってしまう」
 街灯の光の下で、私は視線を落とした。

「家同士のこととか、期待されることとか……。私、ちゃんと出来る自信がない」
「それは本音?」
「……はい」」
 私は、ゆっくり頷く。

「病院の跡取りとか、家柄とか、正直なところ、俺はどうでもいい。でも……周りは、そう思わないかもしれない」
 彼は、少しだけ困ったように笑った。
「でも、誰かが何かを君に仕掛けてきたら、それを守るのは俺の役目だ」
 その言葉が、胸に落ちる。

「君に、無理をさせる気はない。怖いなら、怖いって言っていいよ。これからのことは一緒に考えよう。俺は好きって思ってくれただけで嬉しいんだから」
 城高山先生は私の左手をそっと握ってきたので、自分もぎゅっとその手を握り返す。
「……ありがとうございます」
 目頭がじんと熱くなる。
 この人は、私の不安を否定しない。それが、何より嬉しかった。

「急かされたとしても、私は貴方と一緒に前に進みたい」
 そう言うと、彼は少し驚いたあと、優しく微笑んだ。
「じゃあ、ゆっくりでも前に進こう」
 夜道に、二人分の足音が重なっていく。
 結婚は、まだ遠い未来かもしれない。
 それでも、この人となら怖さも一緒に抱えていける。

 彼が、手を伸ばしかけるのが視界の端に入る。
 次の瞬間、抱きしめられるのだと思った。

 ――でも、違った。その手は、途中で止まり、静かに下ろされる。

「それで十分だ」
 穏やかな声だった。

 どうしてだろう。
 抱きしめられなかったのに、胸がいっぱいになる。
 強引に引き寄せられるより、この距離を守られるほうが、ずっと重くて、優しい。
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