お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 歯磨きのタイミング、ソファに並んで座る距離、帰り支度をする時間。
 どれもが、少し先の未来を先取りしているようで。
 
 まだ、婚約とかには踏み込まない。
 でも、すでに生活は静かに重なり始めている。
そんな夜だった。
 食器を洗い終え、キッチンを拭いていると、洗面所のほうから彼の声がした。

「……歯ブラシ、ここに置いてもいい?」
 振り返ると、城高山先生は少しだけ申し訳なさそうな顔をして、コンビニで買った簡素な歯ブラシを手にしている。
 一瞬、言葉に詰まったあと、私は小さく頷いた。

「はい、どうぞ」
 そう言うと、彼はほっとしたように笑った。
 洗面台の隅に、彼の歯ブラシが並ぶ。それだけのことなのに、胸が妙にざわつく。

 ソファに並んで座り、テレビをつけたまま、何を観るでもなく過ごす時間。
 城高山先生は上着を脱ぎ、私が差し出した部屋着に袖を通した。
 彼のために購入した少し大きめのTシャツとスウェット。
 最初は『借りるだけ』と言っていたはずなのに、今ではすっかり彼のものだ。

 ふと目に入ったのは、洗濯機の横に掛けた、彼のシャツ。
 私が公休だったため、当直明けにそのまま来たせいで、洗うことになったものだ。いつ着替えてもいいように、と洗ったままで掛けてある。

 くつろいだままで欠伸をしている城高山先生。
帰り支度をする気配がなくなった彼を見て、私は少しだけ迷ってから口を開いた。

「……泊まっていきます?」
 一瞬、空気が止まる。
 口に出した本人の私は、心臓がバクバクしている。
彼は驚いたように目を瞬かせ、それからゆっくりと首を振った。

「いや、帰るよ」
 そう言って、でも続ける。
「だって、泊まっていったら理性が効かなくなりそうだから」
 その言葉に、胸がいっぱいになる。私は頬が火照り、急に恥ずかしくなった。
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