お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 想いを伝えあっても偽装恋人のままな私たちは踏み込まないと決めているのに、生活は少しずつ、確実に隣り合っている。
 歯ブラシ一本、部屋着一式、洗濯物一枚。それだけで、未来を想像してしまう夜だった。
 歯ブラシを洗面台に置いたまま、二人並んでソファに腰を下ろす。
 テレビはついているのに、内容はほとんど頭に入ってこなかった。

「……なんだか」
 私がぽつりと言う。
「お試し婚みたいですね」
 言ってから、少しだけ後悔する。
 冗談のつもりだったのに、胸の奥が妙にざわついたから。

 彼はすぐには笑わなかった。一度、私のほうを見て、それから視線を落とす。

「なら」
短く息を吸って、静かに続ける。
「このまま、お約束だったお試し婚をしようか……」

 軽い調子なのに、声は真剣だった。
 問いかけるようでいて、逃げ道を用意している言い方。心臓が、どくんと大きく鳴る。

「……それって」
 言葉を探していると、彼は慌てたように付け足した。
「正式に何か決める、とかじゃなくて。今みたいに、無理のない範囲で。帰れる場所を、二人で共有するだけ、というか」
 部屋着姿で、少し照れたように視線を逸らす彼が、ひどく愛おしかった。

「当直明けや常に帰る場所が、ここだったら嬉しいなって」
 その一言で、胸の奥が一気に柔らかくなる。私は小さく笑って、彼の袖をつまんだ。

「……それ、もうお試し婚を超えてますよね?」
そう言うと、彼も小さく笑う。
「じゃあ、期限付きで」
「期限?」
「うん。お互い、無理だと思ったらやめる」
 そう言いながらも、その表情には覚悟が滲んでいた。

 
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