お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 言葉にしなくても、二人の生活は、もう静かに動き出していた。
「じゃあ、今日は泊まっていこうかな……なんて」
そう言った彼の声は、少しだけ控えめだった。
 あくまで、今日だけ……という前提を残すような言い方。

「はい」
 私はそれ以上、何も言わなかった。

 初めてのお泊まりは、拍子抜けするほど静かだった。
 交代でシャワーを浴びて、同じベッドに入っても、特別なことは起きなかった。
 隣に寝転んでいても城高山先生は疲れていたのか、すぐに眠ってしまい、規則正しい寝息だけが聞こえてきた。
 その音を聞きながら、私は天井を見つめていた。そして、彼の寝顔を見ながらドキドキが止まらなかった。
 胸の奥にあるのは高揚よりも、不思議な安心感だった。

 ──翌朝。
 目を覚ますと、キッチンから小さな物音がする。

「おはようございます」
 寝癖がついている城高山先生は、少し照れたように言った。
 冷蔵庫の中身を確認して、勝手が分からないなりに朝食を用意してくれている。

「私が作りますよ!」
「大丈夫、目玉焼きくらいは作れるから」
 その言葉に、胸がきゅっとする。
 城高山先生の目玉焼きは上手に半熟に仕上がっていて、黄身がトロリとしていた。
 この日から、彼は帰らなかった。
 むしろ、着替えなどの荷物は少しずつ増えていく。
気づけば、平日はここから出勤し、当直の日も「ただいま」と言って帰ってくるようになっていた。

 城高山先生が私の自宅に泊まるようになってから一週間とちょっとあとのこと──
「ねー、城高山先生さぁ、朝帰りしてるって噂だよ」
 お昼休憩で一緒になった同僚の森さんにそう言われて、私は曖昧に笑う。
 説明する言葉を、私自身が持っていなかったからだ。

「……あれ?」
 ふと眉をひそめた。
「勝浦さん、出勤時間がやたら早い時があるじゃない?」
「たまたまだよ」
 そう答えたけれど、説得力はなかったらしい。
「その時に見たことない?城高山先生が出勤する時に、車の助手席に女性が乗ってたらしいの」
 私は思わず言葉に詰まった。
 否定しきれない沈黙が、すべてを物語っていた。
私は「見てない」とだけ伝えた。
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