お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 私たちの関係を「お試し婚」と呼ぶようになったのは、いつからだっただろう。
 誰かに説明するためでも、区切りをつけるためでもない。
 ただ、今の関係に、ちょうどいい言葉だった。
同じ家に帰り、同じ時間に眠り、同じ朝を迎える。
けれど、身体は重ねていない。

「何か情報が入ったら教えて」
「うん、分かった」
 情報も何も、私がその女性だから言えるはずもない。親友だから話したい気持ちもある。
 城高山先生にも、自分に本気になったなら話してもいいと言われているけれど、それが今のタイミングかも分からないから黙っていることにした。

 森さんに勘繰られたその日の夜、城高山先生にそのことを話すかどうか迷ったが、結局言わずに済ませた。
 話したら、自分たちの関係が崩れてしまうような…嫌な予感がしたから。

 寝る時間になり、ベッドに並んで横になると、彼は必ず一度こちらを見る。
 触れていいかどうか、確かめるような視線。
私は小さく頷き、彼はそっと手を伸ばして頭を撫でた。
 それだけで、胸の奥が満たされていく。

「おやすみなさい」

 それ以上は、踏み込まない。踏み込まなくても、十分だった。
 朝は、先に起きたほうがコーヒーを淹れる。
 彼のシャツにアイロンをかけながら、私は思う。これはもう、生活の一部だと。

『今日は帰り、遅くなります』
『待ってます』
 そんな短いやり取りも、自然に交わされる。
 ソファで並んで映画を観る夜。
 彼は私の肩に腕を回し、私はその胸元に顔を埋める。
 呼吸のリズムが揃っていくのを感じながら、眠気に身を委ねる。

 お試し婚。
 期限も、条件も、もう話題に上らない。けれど、不安は不思議と少なかった。
 触れ合わなくても、欲しがらなくても、互いを大切にしていることだけは、毎日の中で確かめられていたから。

 夜、灯りを落とした部屋で、彼の手が私の背に回る。それだけで、十分に甘いけれど──

 今日はベッドの中で城高山先生の指が、無意識のように私の手を探し、絡める。その温度に、胸の奥がゆっくりと熱を帯びていった。

「……あの」
 私が声をかけると、彼はすぐにこちらを見る。ものすごく近い。吐息が触れ合うほどの距離。
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