お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
「なに?」
 答える声が、いつもより低い。

 言葉は、用意していなかった。
 ただ、今なら大丈夫だと思った。怖さよりも、確かめたい気持ちのほうが、静かに勝っていた。

 彼はほんの少しだけ、前に身を寄せる。その距離が、優しかった。

 視線が落ち、自然と目を閉じる。次の瞬間、彼の唇が、そっと触れた。

 深くもなく、強くもない。触れて、確かめるだけのキス。それなのに、胸がいっぱいになって、息が詰まる。
 彼はすぐに離れ、私の額に軽く触れたまま、囁く。

「……可愛い」

 城高山先生が、私を見て小さく頷く。

 もう一度、今度はほんの少しだけ長く。
 それでも、踏み込まない。
 欲に任せない。
 唇が離れたあとも、彼の手は私の背に回ったままだった。

「ふふっ、何だかくすぐったいですね」
 そう言うと、彼は無言で私を抱き寄せた。

 身体は重ねない。けれど、心は確かに触れ合っていた。

 その夜、灯りを消して並んで眠りながら、私は思った。
 初めてのキスは、十分に甘かった。お互いの好きが溢れて、自然に交わしたキスだった。
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