お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
「あのね……」
 やがて、穏やかな声が落ちてくる。
「家柄は必要はないのよ。貴方は、あの子に選ばれている。それだけでいいじゃないの」
 その言葉に、涙がにじむ。
「家柄はあとからついてくるもの。でも、夫婦は違う。人生の相手として選んでいる」
 その言葉を噛みしめる間もなく、店の入り口がざわついた。

 数人の男女が、こちらをちらりと見る。
 晴美さんの知り合いらしい。

「……あの方たち、親戚よ。病院近くの喫茶店だから、良く寄るのよね。さっそく、見られている気がするわ」

 視線が、私の服装、立ち居振る舞い、表情をなぞる。

『きちんとしてる?』
『派手じゃない?』
『大丈夫そう?』
声はないのに、そんな言葉が聞こえる気がした。
 胸が、きゅっと縮む。

「遅くなってすみません」
 聞き慣れた声がした。
 振り向くと、城高山先生が立っていた。白衣ではなく、いつものスーツ姿。

「ちゃんと言っておきなさい。勝浦さんは本当にいい子だから、家柄とか関係なく、城高山家に迎えたいの。だからこそ、壱知も素直な気持ちを伝えるべきなのよ」
 彼は一瞬、何かを察したように私を見る。そして、私の隣に立った。

「この人は俺の愛する人です」
 はっきりとした声だった。
「病院のための人じゃない、家のための人でもない。俺が、夫として生きたい相手です」
 一切の迷いがない言葉。

「彼女が傷つくなら俺は、その立場を選ばない」
 その一言で、胸の奥に溜まっていた不安が、音を立てて崩れた。
「……それでいいの」
 晴美さんは涙ぐみながら、声を絞り出すように言った。もしかしたら、晴美さんは壱知さんの覚悟を知りたくて、この場に呼んだのかな?

 この人は、私を守る側に立つ覚悟を、もう決めてくれている。その事実が、何よりも心強かった。

 私は、ようやく一歩、彼の世界に足を踏み入れた気がした。それから、少しずつ空気が変わった。
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