お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
「これからは、人生の伴侶としてずっと一緒にいよう」
 私は、その腕の中で、小さく頷いた。
 もう二度と離れないと誓った。
 彼の腕の中は、驚くほど落ち着いた。

 ぎゅっと抱きしめられているだけなのに、胸の奥に溜まっていた不安が、ゆっくり溶けていくのが分かる。

「……ねえ」

 小さく呼ぶと、彼は少しだけ体を離し、私の顔を覗き込んだ。その距離が、近すぎて、息がかかる。

「泣かないで」

 そう言いながら、親指で私の目元をなぞる。
 その仕草が優しすぎて、逆に涙が滲んだ。

「嬉しくて……」

 そう言うと、彼は困ったように微笑んだ。

「それ、反則」
 低く囁く声。
 彼の指が、私の顎にそっと触れる。
 逃げ道を作らないのに、強引じゃない。確認するみたいに、ゆっくり顔が近づいてくる。

 私は、自然と目を閉じた。
 唇が触れたのは、一瞬だった。
 触れるだけの、確かめるようなキス。

 でも、離れない。
 彼はもう一度、今度はほんの少しだけ深く、私の唇に口づけた。
 呼吸が重なって、胸がいっぱいになる。

「……俺のだから」
 額を寄せたまま、囁く。

「これからは、全部」
 その言葉に、私は笑ってしまった。

「……はい」
 返事の代わりに、私からも、そっと唇を重ねる。
 今度は、彼が驚いたように目を瞬かせたあと、すぐに柔らかく受け止めてくれた。

 長くはない。
 けれど、何度も確かめ合うみたいに、静かなキスだった。
 離れたあと、彼は私の額に、もう一度軽く口づける。
「婚約者にしかしないから」
 そんな言い方まで、ずるい。
 私は彼の胸に顔を埋めながら、心の中で思った。
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