お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 拍手に包まれながら、彼が私の手を引く。
 その背中を見つめて、思う。

 遠回りした瞬間も、
 小さなキスも、
 全てが、この瞬間へと繋がっていたのだと。

 これから先、何があっても、この人となら、歩いていける。
 そう、確信していた。
 部屋の扉が閉まった瞬間、ようやく現実味が追いついてきた。

 ホテルの一室は静かで、式の喧騒が嘘みたいだった。
 ドレスを脱いだ少しだけ緊張したままソファに腰を下ろす。

「……疲れた?」

 彼がネクタイを外しながら、そう聞いてくる。
 その声が、夫のものだと思うと、胸がくすぐったくなった。

「少し。でも、幸せ」
 正直な気持ちを口にすると、彼は小さく笑った。
「よかった。今日一日、君の顔ばっかり見てたから」
「え?」
「誓いの言葉の時も指輪交換の時も、ちゃんと現実か確認したくて……君ばかりを見ていた」

 城高山先生は私の前に来て、そっと膝をついた。
 指先で、私の左手の薬指をなぞる。

「……もう、外せないな」
「外しません」
 即答すると、彼は少し驚いた顔をしてから、照れたように視線を逸らした。

「そういうところ、好きだよ」
 低く、優しい声。
 沈黙が落ちる。
 でも、気まずさはなかった。むしろ、静けさが心地いい。

「今日はお疲れ様。とても綺麗だったよ、小春」
 そう言って、私の額に自分の額をコツンと軽く当ててきた。
「壱知さんもね、かっこよかったですよ」
 その言葉に、胸が熱くなる。

「私も……まだ少し緊張してるけど」
「うん」

 彼は、急かさない。
 ただ、私の手を包む。
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