御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
「これは返す」
「えっ……」

 彼が差し出してきたのは、小さく折られた紙だった。
 何だと思い、折りたたまれたそれを開いていく。
 離婚届、の文字を見て、一瞬息が止まった。

「俺は、千尋と別れるつもりはないよ。何があっても」
「でも……! 私、は……」
「それに、結婚するときに約束しただろう。契約は一年ごとに見直すと。まだ、一年も経っていないんだ。約束は守ってもらう」

 彼が私の手から離婚届を奪い、ぐしゃりと丸める。こんなものは何の役にも立たないと言わんばかりに、小さく丸められた。

「俺との結婚生活は不満?」
「そんなこと、ないですっ。でも、約束が……」

 言葉がうまくまとまらない。
 もどかしくて、苦しい。
 子どものことはできれば隠しておきたい。
 もしも、堕ろせ、などと言われたら立ち直れないから。

 だけど、いまの彼に誤魔化しは利かないだろう。

 私は深く息を吸うと、意を決して彼に向き合った。

「私たちは、本物の夫婦ではありません……。でも、その……できちゃったんです……。蓮さんと、私の子が……」

 まだそこまで膨らんでいない下腹部を撫でる。
 動きは感じられないけれど、確かにこの中には私たちの子どもがいる。
 もし彼にそのことを否定されたら、心が折れてしまう。

 怖くて、徐々に俯いていく私の頬を蓮さんにそっと両手ですくわれた。
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