御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
「あぁ、千尋さん。いらっしゃい」

 この前、出会った店主が私に気付くなり挨拶をしてくれる。
 どうやら私の顔と名前を覚えてくれていたらしい。店主は私を見ると、にっこりと相好を崩した。

「お、お邪魔します……」

 相変わらず、店内には私たち以外に人がいない。
 都内の一等地とも呼べるこの場所で利益を出せているのだろうかと余計なことを考えてしまった。

「こんばんは、千尋さん。久しぶりに千尋さんの顔を見れてよかったよ。あれからちゃんと帰れたのか、いろいろと心配でなぁ」

 特にコイツが、と店主が九条さんのことを指す。
 そういうことを言うなと鋭い口調で咎める九条さんと店主の間には、店主と客以上の繋がりを感じられた。

 彼はよっぽどこの店に通いつめているのだろう。勝手知ったるといった様子で奥の席に座った。

「星名さんもどうぞ」
「ありがとうございます」

 席につくと、熱いおしぼりを渡される。
 冷たくなった手がじゅわっと溶け出すように温かくなった。

「あれから一回も来ないから、待ちくたびれましたよ」

 彼が言って、私は目を見張る。
 確かにまた来てとは言われたけれど、待たれているとは思っていなかった。

「あ、もしかして私がハンカチを預かったままだったからですか……?」

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