御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
「あれから、進展はありました?」

 カクテルグラスを傾けながら、彼が事もなげに言う。
 あえて今夜は自分のことを話さないでおこうと決めていたのに彼のほうから話題を振るものだから、私も意図せずぽろりと弱音を吐き出してしまった。

「いえ、特には……。来年の夏には完全に工場をたたむと……」

 融資のあてもなければ、ここから経営難を脱するための手だてもない。
 それに伴って、工場にあるものはすべて近隣に売る算段でいるそうだが、田舎なだけあって買い手がつくかもわからない。
 土地もいずれは更地にすると言っていたけれど、それだって買い手はつかないだろう。
 技術だけは確かにあるはずなのに。それがどこへも継承されないことが悲しかった。

「私が、もっと頑張れたらよかったんですけど……」

 無理やり口角を上げて笑う。
 まだ心のどこかで諦めきれない自分がいる。どうにもならないことだとわかってはいても、砂粒ほどの希望に縋っていたかった。

「差し支えなければ、その町工場の名前を聞いても……?」
「小さな会社なので、聞いても知らないとは思いますけど……。ホシナ工業所って言います」
「ホシナ工業所……」

 彼が神妙な顔で、記憶に刷り込むように名前を呟く。
 だけど次の瞬間には表情を切り替え、店主を呼びつけていた。

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