御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
「千尋が嫌ならもちろん断る。大事な娘を差し出してまで援助を受けたいとは思わないからな。ただ、興味があるなら、そろそろお前も適齢期だしと思って」
「……うん」

 父と会社のことを思えば、結婚を断る理由なんてない。
 今まで磨いてきた技術も残り、町工場も残り、従業員たちも残ってくれる。なにより、父から大切な場所を奪わなくてすむ。
 それにここは私にとっても思い出の場所。
 感情を呑み込むしかなかった。

「……わかった。その縁談、受けるよ」
「本当に大丈夫か……?」
「会ってみて、本当に無理そうだったらお断りするかもしれないけれど……。でも、なるべくなら前向きに進めたい」
「……そうか、わかった。なら来週、またこっちに来てくれるか?」
「わかった」

 この話はそれきりだと父が立ち上がる。
 湯呑の中のお茶はすっかり冷めていた。

 ――もう、九条さんに会えなくなっちゃうな……。

 結婚となれば、こちらへ戻ってくることになるだろう。
 元々そのつもりではいたけれど、いざ目の前にどうにもならない現実が迫ってきていると思うと息が詰まった。

「お別れの挨拶だけはちゃんとしたいなぁ……」

 それとハンカチも。やっぱり彼に返そうと決めて、冷たいお茶を啜った。

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