御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
 それに、この結婚は彼女たちが邪推しているように、本物の結婚ではない。後ろめたさのある結婚だ。
 祝福の言葉が欲しいとはとても言えない。けれど、こんなふうに影で笑われたくなかった。

「……っ」

 カップを持って廊下に立ち尽くし、俯いて下唇を噛む。
 ここに居ては彼女たちが給湯室から出てきたときに鉢合わせてしまう。

 はやく、オフィスに戻らなくちゃ。

 そう思うのに、足が縫い止められたようにその場から動けなかった。

「でも、ちゃんと左手の薬指に指輪してましたよ〜」
「それね〜」
「いやでもわかんなくない? 自分で買ってたらウケる」
「それ……って、うわ!」

 ちょうど給湯室から出てきた先輩たちと鉢合わせしてしまい、幽霊でも見たかのような顔で驚かれる。
 私は無理やり口角を上げると、お疲れ様です、と挨拶をした。

「……てか、こんなところで立ってないでよ。びっくりするじゃない」
「すみません……」
「いこいこ、早く仕事しないとねー」

 気まずそうな顔をしたのも一瞬で、むしろここに立っていた私が悪いのだと言わんばかりに彼女たちが去っていく。

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