執愛滾る脳外科医はママと娘を不滅の愛で囲い込む
 なにを話そう。
 どうしよう。
 エレベーター乗り場まで、こんなに遠かったっけ?
 ふたり並んで廊下を歩く中、無意識にそんなことを思ってしまう。
「あの……今回は母を救っていただいて、ありがとうございました」
「なんで敬語?」
 足を止めた彼がこちらに怜悧な瞳を向けてくる。
「いや、その……久しぶりだから、つい……」
 うろたえてしまい、自然と口をつぐんで視線を下に落とした。
「そうか」
 蓮斗くんはひと言だけそう言うと、再び歩き出した。私もそれに続くように歩を進める。
「篤紀くんは元気か?」
 エレベーターに乗り込んですぐ、蓮斗くんに話を振られコクンと頷いた。
「うん。元気で……だよ。おじさんやおばさん、あ、(ゆう)()さんも変わりない?」
 密室空間で無言はさすがにキツイ。
 なので、家族のことを聞き返してみる。
「みんな元気だ。特に姉さんは、父の後継者としてパワフルに動き回ってる」
「そうなんだ」
 家業は、優香さんが継いだんだ。
 でも、どうして?
 昔、蓮斗くんはお父さんの仕事を継ぐのが夢だって言っていた気がするけれど。
 なんで蓮斗くんは医師の道に?
 なんていうプライベートな質問を投げかけられる立場ではないので、グッと言葉を呑み込み階数字を見つめる。
 少ししてエレベーターが止まり、蓮斗くんが降りる素振りを見せた。
「じゃあ、俺はここで」
「あ、うん……」
 会話はそこで途切れ、そしてドアが閉まりひとりになったその瞬間。
 エレベーター内に残った彼の残り香に、なぜか胸が切なくなった。
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