その声、独り占めしていいですか?

episode.3

 ──と、言い出しっぺの小柴さんとスタッフ数人、そして仲佐さんに連れられて居酒屋へ行き、何だかんだ楽しくて飲み過ぎた自覚はある。

「……」

 目が覚めた時、見知らぬベッドに寝ていた時のやっちまった感は言葉に言い表すことは出来ない。

 出来るだけ心を落ち着かせ、部屋を見渡してみる。物が少なく統一感がある部屋。殺風景と言うのとはちょっと違う。人の気配はするのに、生活感がない。まるでホテルの一室のようだと思った。

 窓から見える街の灯りは随分下に見える。明らかに高層階。こんな部屋に住んでいるのは……

(……嫌な予感がする……)

 眉間に皺を寄せながら頭を悩ませていると、カチャッとドアが開いた。

「あ、起きた?」

 思わず「ヒュッ」と喉が鳴った。

 紗千香の視界に飛び込んできたのは、風呂上がりの仲佐。

 湯上りで熱を帯びた肌はほんのり色付き、しっかり拭かれていない髪からは水が滴り落ちている。それだけでも十分目のやり場に困ると言うのに、普段見られないラフなTシャツ姿とゆったりとしたパンツ姿にドキドキも止まらない。

「気分はどう?」

 ベッドに腰掛けながら、気遣う言葉をかけてくれる。

「えっと、私、昨日……」
「覚えてない?」

 この手の返し方は、十中八九こちら側に非がある言い方。だが、聞き返された所で返す言葉が見つからない。不幸中の幸いなのは服を着ていたという点だけ。

(最悪……)

 仲佐(この人)に認められるどころか、迷惑しか掛けてない。仕事でも失敗して、酒でも失敗して……こんなの呆れられて当然だ。

 そう思ったら、目頭が熱くなり涙が頬を伝った。

「どうしたどうした!?」

 急に泣き出した私を見てギョッとしている。

「す、すみません……私、迷惑ばかり……」

 また困らせると分かっているのに、一度溢れた涙は止まらない。

「憧れの仲佐さんに少しでも近づけるかと思って今回の役を引き受けたのに、失敗ばかりで皆さんに迷惑ばかりかけて……」

 酒が抜けていないのか、感情が抑えられない。

「紗千香ちゃんは頑張ってるよ」

 そう言って宥めようとしてくるが、今は慰めの言葉すら惨めに感じてしまう。

「そもそも!仲佐さんのその駄々洩れの色気が悪いんです!」

 完全に論点がずれた逆ギレ。酔っ払いにありがちな絡み方。これほど面倒臭い絡み方はない。

「私は男性経験はもとより、付き合った事すらないんですよ!?免疫がない人間にはキツイんです!」

 自分の男性経験を暴露したところで「ちょっと落ち着こう?」と声をかけてくれたが、アドレナリン全開の人間が簡単に止まるはずもなく、くだを巻くようにさらに続ける。

「仲佐さんは経験豊富でしょうからいいですよね。かっこよくて大人の男性の魅力もあって……」

「私にも教えて欲しいですよ」最後に聞こえるか聞こえないほどの声で呟いたが「いいよ」という返事が聞こえ、驚きながら顔をあげた。

「ん?男を教えて欲しいでしょ?」

 呆然としている私との距離をじりじりと詰めながら問いかけてくる。

「え、いや、そういう意味じゃ……」
「じゃ、どんな意味?」

 いつの間にかベッドに押し倒され、覆いかぶさっている。動くたびにフワッとシトラスの匂いが香り、脳を刺激してくる。

「紗千香ちゃんはさぁ、俺を買いかぶりすぎだよ」
「え」
「俺は君が思っているほどいい男じゃないってこと」

 軽く頬を撫でながら言うが、いい男の定義は本人には分からない。他人が評価して決まる事。

 ──というか、正直今はそんなこたぁどうでもいい。今この状況をどう説明するかだ。

 確かに「教えて欲しい」って言ったよ?でも、それは勢に任せて言っちゃただけじゃん?本気で言ったつもりはないし、仲佐さんがこんな小娘相手にするはずないって思うじゃん?

「考え事?余裕だね。俺じゃ相手にならないって?」
「違ッ!」
「ほら、もう黙って。……キスするときは目を閉じなきゃ」
「ッ!!」

 口を手で塞がれ、耳元で囁かれる。脳が痺れて何も考えられない。

 ──拒めない。

 言われるままに目を強く閉じた。視界がなくなると全身の神経が敏感になり、仲佐さんの気配が先ほどより近くに感じる。心臓の音が耳に付いて煩い。

 少しの静寂の後に「チュッ」とリップ音が聞こえた。

(……ん?)

 唇、触れてない……

 そっと目を開けると、自分の手の甲に口を当て微笑む仲佐さんと目が合った。

「ちょっとは男の危険さ分かってくれた?」
「え」

 あ、これ、そう言う……

「あれ?もしかして、期待した?」
「~~~~~~ッ!!!!」

 クスッと悪戯に微笑む仲佐を見た紗千香は顔を真っ赤に染めた。

 完全に私の思い違い!こんな小娘相手にするはずないって分かってたじゃん。なんて厚かましい勘違いをしたんだ……いっそ殺して……

 あまりの恥ずかしさに頭から布団を被り包まった。

「あらら、揶揄い過ぎちゃったかな?」

「ごめんね」と謝りながら布団の上から撫でられる。

「経験なんて数じゃない。紗千香ちゃんに見合った男が必ずいるから、焦らなくていい。こんなおじさんに教わるより勉強になると思うよ?」

 優しく諭してくれる。

 仲佐さんは自分をおじさんだからと卑下にしているが、私からすれば小娘なんて相手にされないと思ってる。

「さあ、落ち着いたら出ておいで。家まで送って行こう。──ん?」

 ベッドから下りようとした仲佐のTシャツの裾を掴んで止めた。

 ……相手にされないのは分かってる。烏滸がましいことも分かってる。でも、少しでも望みがあるのなら、私は……

「私は、仲佐さんがいい」

 布団から顔を出し、縋るように声をかけた。仲佐さんは一瞬、驚いた表情(かお)をしたけど、すぐに表情を戻し私に向き合った。

「……それ、本気で言ってる?」
「ッ、勿論です」

 柔らかな表情は消え、心の中を探るような鋭い視線で見つめられた。私だって、生半可な気持ちで言ってはいない。断られても当然だと思ってる。だから大丈夫。

 紗千香は必死に強がっては見せているが、内心は怖くて仕方ない。そんな紗千香に仲佐は小さく息を吐いた。

「君は本当に困った子だね」
「……すみません」

 紗千香は呆れられたと思い、やっぱり言わなきゃよかったと、今更になって後悔する。顔を俯かせ、気まづくて仲佐の顔が見れない。

「俺なんかに目をつけられちゃって……後で後悔しても知らないよ?」
「え、それって……」

 どういう意味?身の程知らずにも程があるってこと?仲佐さんに目をつけられたら声優生命絶望って事?それとも──……

 答えがみつからず困惑していると、仲佐さんの顔が急接近してきた。反射的に目を瞑り、身体を縮める。

 仲佐は気にする事なく、チュッと額に軽くキスを落とした。

「紗千香ちゃんの初めての男になってあげる」

 ポンッと頭に手を置かれ、含みのある笑顔で言われた。

 今まで何とか耐えてきたが、もう、限界……色気過多過ぎる。

 紗千香はベッドに倒れ込むようにして気を失った。

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