きっと、夏のこと

牧田さんに借りた本は、いつもバッグに入っていた。


練習の合間に開くと、紙の匂いと一緒に、あのイベントの日の空気が蘇る。


裏方部屋の甘い匂い、ギターの音、笑った牧田さんの目。






結局、書き込みは一つも見つからなかった。


最初から、誰の本でもないみたいに。


それが、少しだけ牧田さんらしい気もした。








本を返す日は、驚くほどあっさり決まった。


『今週空いてる時ある?』


そんな短いメッセージ。


私は少しだけ間を空けて、


『今週は毎日大学があるんですけど、それ以外の予定は特になにもないのでいつでも大丈夫です。』


と返した。





少しだけ夜ごはんの期待を込めた。






『じゃあ水曜日、昼に校門いくわ』


『ありがとうございます』


牧田さんと会うのはこれが最後になりそう。そんな予感がした。



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