策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 驚いて、反射的に顔をパッと上げる。

 私のことって……。

『きれいですね』

 え……? ま、まさか!

「ようやくこちらを見ましたね」

「えっ!」

 目を見開いたまま静止する私に、城下さんは穏やかに言った。

 頬を掠める冷たい夜風のおかげで冷静になる。
 か、からかわれた……?

「お会いしてからずっと、俯いてばかりです」

 心なしか眉を下げ、城下さんは優しい口調で続ける。

「なにか、顔を上げられない理由でも?」

「いえ、そんな……」

 咄嗟に否定するけれど、本当はもちろん再会が気まずいからに決まっている。

 そんな私の必死な心情を知ってか知らずか、城下さんはニッとどこか得意げに口端を上げた。

「今日は和装なのですね。とてもよくお似合いです」

 ひょっとしたら私のことなんて覚えてないのかも……という期待は見事に裏切られる。

 その理由は、“今日は”という言葉に凝縮されている。

「水沢温泉郷は観光資源が少ないが、周辺の町には桜の名所や人気のキャンプ場、海水浴場もあります」

 言葉を失う私に構わずに、城下さんは流暢に続けた。

「それらをまとめるランドタワーを水沢温泉郷の中心部に建設し、観光地を結びつけることで客足を伸ばしたい。また、中長期的に人が住み着いてくれるよう、生活に身近な商店街などの再建にも力を入れていく所存です」

「は、はあ……」

「そして景観を悪くしている廃墟化した外資系ホテルはすべて取り壊し、広報活動に力を入れてインバウンド客も増やしていきたいと考えています」

 磐石なプロジェクトに、ぐうの音も出ない。

 父は町が消滅しないよう、建て直して改修するばかりの再建方法だったけれど、城下不動産は経営者不足を解消するために身近な商店街の活性化から始めるつもりなのだそうだ。

 商店街の空き店舗は若いクリエイターに委ね、日帰りでも観光を楽しめるよう道の駅を建設し、特産物の売り場を大きくする。

 ただ観光客のためだけではなく、町に住む人の生活からまず豊かにしようという取り組みがとても魅力的に感じた。

「素晴らしいプロジェクトだと思います。水沢温泉郷は思い入れがあるので、再建がうまくいけばうれしいのですが……」

 福本建設による水沢温泉郷の再建に関しては、父の私情で行われたようなものだ。

 膨大な投資を回収できるか不安を抱えている状態。

 成果が思わしくないのに、どうして政略結婚を提案してきたのかな……。

 それに、正直水沢温泉郷をさらに活性化させるプロジェクトに意欲的な理由がよくわからない。
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