策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 どうやら父は経営難で廃業する宿が続出し、客足が鈍り更に廃墟が増えるという悪循環を経ちたいと思ったようだった。

 水沢温泉郷は私たち家族にとって、母と過ごした思い出深い大切な場所。

 けれども元来それほど有名ではないし、観光資源とインバウンド効果の影響が少ない。

 父の主張は母の実家である水沢旅館のみならず、水沢温泉郷全体の町興しだった。

 投資額は膨大となり、回収の目処が立たないため取締役会の中で当然反対する者もいたという。

 それでも父は、罪滅ぼしのつもりだったのだろう。

 母の地元が消えてしまわないよう、躍起になって多くの旅館を改築した。

 土産物屋や日帰り温泉などいくつも建設し、駅や私道を改修する。

 その結果、一時は旅行客が増えたが、都心から同じくらいアクセスしやすい温泉地が飽和状態というのもあり、再建の恩恵は長くは続かなかった。

「着きましたよ」

 エレベーターの狭い空間に、城下さんの低い声が心地よく響く。

「あ、はい!」

 これまでのことを回想していた私はハッとした。

 城下さんにエスコートされ、エレベーターを下りる。

 最上階の展望デッキにはごく限られた宿泊客しか行けないと、事前に調べたネット情報で見た。

 私が足を踏み入れてもいいのかな……。

 この政略結婚は受け入れなくてはならないと覚悟はしている。

 でも、どうしても疑問がある。

 城下不動産は衰退の一途をたどる水沢温泉郷の復興を手がけた福本建設のノウハウを、海外リゾート開発に役立てたいとの思惑があり、縁故関係を結ぶことで円滑な技術提供を行いたいという。

 だけど、福本建設の投資に見合う集客の増加は残念ながら叶っていない。

 それなのに城下さんはなぜ、政略結婚を申し出てくれたのかな。

 見合う成果は出せていないし、天下の城下不動産が必要とするほどのノウハウなど、おそらく持ち合わせていないのに。

 展望デッキに出ると、ちょうどポツポツと街に明かりが灯り始める時間帯だった。

 二月の地上三百メートル近い夕風はキリッと冷たいけれど、息を呑むほど美しい光景に寒さを忘れてしまう。

 夜を迎える幻想的な空の色と俯瞰する都会の街並みが調和され、素晴らしい眺望だ。

「きれいですね」

 隣に立つ城下さんが、こちらを見て言った。

「はい、とっても……」

 私はまだ目の前の風景から目が離せず、夢見心地でつぶやく。

 すると、再び口を開いた城下さんが僅かに口の端をつり上げたのが、視界の隅に映った。

「あなたのことですよ」
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